冷酷な狼皇帝の契約花嫁 ~「お前は家族じゃない」と捨てられた令嬢が、獣人国で愛されて幸せになるまで~
 ◇◇◇

 カイルは子供たちの件を騎士団に任せることにし、護衛騎士の一人に伝令を持たせ、数人を事後処理のため残すと話した。
「皇帝陛下、あの娘を本当に連れて帰るので?」
 カイルは一拍、間を置いた。
「ああ、のつもりだ」
 何か?と見つめ返せば、護衛騎士のリーダーであるギルクは「いえ、なんでも?」と肩をすくめただけだった。
 カイルは、つい直前まで自分の元から離せなかった人間族のサラの方を見た。
 あと数ヶ月で十八歳になるようには、到底見えない。しかしカイルはサラと向かい合った際に、彼女の身長がさほど低いわけではないと気づいた。
 エルバラン王国では、気味が悪いと言われているらしいプラチナブロンドの髪。瞳は輝く満月のように、見事な黄金色だ。
(何が恐ろしいのか?)
 人間族の感性がカイルはよくわからない。
 獣人族の猫種にも金色の瞳はある。狐種や、蛇種の一部にも――。
 とはいえ、サラ以上に『黄金色だ』と言える瞳はこれまで見たことがなかった。
 彼はサラに、助けられることを提案してやると約束した。
 そして、王城に連れ帰ることを決めた。
 この場を処理させるためまずは仕事の話をすべきだとわかっていたのに、しばし彼女をそばから離せなかった自分が少し不可解ではある。
『えぇと、……皇帝陛下、その娘は一度離していただきませんと』
 護衛騎士たちも少し戸惑っていた。
 突然の求婚の提案に驚いたこともあるのだろう。
 提案、とカイルが口にしたことからも一時的な“対策”に利用するのだろうかと勘ぐった感じはあった。
 万一相手が国内の獣人族だと、貴族のバランスやら色々と考えなければならない。
 その点、国内になんの影響もない、外からやって来た無力な人間族の娘であれば、何も問題はない。
 ――けれど、不可解と言えば他にもあった。
『あ、あのっ』
 そんな声が聞こえて、その姿を視界に入れた際に、カイルは頭にあった人身売買の件について立てていた計画がすべて飛んだ。
 こちらを見つめている少女が、彼の視界に焼きついた。
 子供から大人へと変わろうとしているかのような頼りなさをもちつつも、指の先までどこか目を引く、目鼻立ちの整った娘だった。
 プラチナブロンドの髪と、黄金を宿したような瞳がよく似合った。
 カイルは、満月の夜に地上へと降り立った妖精みたいだと思った。だから一瞬“人間だ”、と察知できるまでに、時間がかかった。
(誰かあの妖精を、檻に入れたのか)
 見ている光景を理解した時、腹にどす黒い感情が重く広がった。
 だが、匂いを嗅いでみれば獣人族ではないことはわかる。
 彼女は妖精ではなかった。人間族だった。一目見て、か弱い、と獣の本能でカイルは察知していた。
 人間族であるのなら、なおさら弱いだろう。
 そう頭が理解し整理している間にも、不思議な衝動がどくんっと胸で音を立て、彼は口を開き声をかけていた。
『そこの娘、何か俺に聞きたいことでもあったのでは?』
 もう一度、声を聞いてみたいという思いから気づけば勝手に口から言葉が出ていた。そして年齢を聞いてカイルは驚いた。
(十七歳?)
 今年で十八歳になるという。
 つまり彼女は、ガドルフ獣人皇国で考えると“とっくに成人”しているのだ。
(いつでも“つがい”をもてるではないか)
 婚約のための契約魔法をもつことが、可能な年齢だった。
 誰かの伴侶になるイメージもまったく浮かばなくて驚いた。
 それくらいにサラは、子供みたいにカイルの警戒心さえどんどん解いていった。
 話していると、彼女は嘘もつけないことがわかった。これまで生きてこられたのが不思議なくらいだ。
 その人間族の娘は、大きな声をあまり上げたことがないみたいに不慣れな言葉を返してきた。
 そばに行った方がよさそうだと思った時には、カイルは身体が勝手に動いていた。
 そして気づけば、彼女の涙に触れていた。
 女の涙など、わずらわしいとずっと思っていた。けれど――サラの涙に触れた時に、そんな不快感はいっさい浮かばなかった。
 そうするべきだと、彼の血が、身体が言うようにカイルは彼女の涙を拭っていた。
 話を聞いてわかった。
 サラは家族にあまり食わせてもらっていなかったらしい。だから不健康そうな感じが実年齢よりもやや幼く見せているのだろう。
(なぜ、そんなことができるのか)
 カイルには理解し難かった。
(この娘の目を見て、ひどい扱いをできるのが信じられない)
 サラの目は不思議とカイルを惹きつけた。いっさい濁りがない、純粋な優しさと、真っすぐな心がそこから見えた。
 手はとても綺麗だったが、特殊能力のおかげだという。
 自分の傷がすぐ治ってしまうというので、特殊な体質とも言えるのかもしれない。
 とても妙な感じがした。
 手を握っていると離しがたくなった。
 考えが筒抜けで、感情がよく見えて、耳に心地いい声につられて話を促した。
 よくは、わからない。この目に入れていなくてはと、獣の本能が彼を彼女に集中させるみたいだった。
 彼女が二度目に『出る方法』と口にした瞬間、自分でも理解できない強烈な感情が湧き上がってきた。
 行かないでほしい、このまま離れたら二度と戻ってこない――二度と会えなくなる、もう会えないのは絶対に嫌だ……と。
 獣人族ではないゆえ、彼女の利用価値を考え、一時的な婚約関係を築くことを当初から頭に浮かべてはいた。けれどそれは、出ていかれたくないからだと、咄嗟に引き留めようと求婚したところで、我に返った。
(だが、どうしてだ?)
 どうして、こんなにもそばにいたくなるのか、わからない。
「皇帝陛下」
「なんだ」
 珍しくギルクが追ってきて声をかけた。
「もしや彼女は“運命のつがい”に近い存在なのでは――」
「やめろ。そんなもの、俺は信じていない」
 ぴしゃりと言うと、彼は黙った。
 それは、このガドルフ獣人皇国に伝えられている迷信みたいなものだ。
 結婚した一部の愛し合う夫婦が互いに口にする常套句かのろけみたいなものだと、カイルは思っている。
 サラが珍しい人間族で、嫌な連中ばかりだと聞いてきたのに彼女は嫌みがなくて、その年齢にしては素直で、危ういくらいに清らかで……そのせいで狼の好奇心か刺激されているに違いないと推測した。
「これでしばらく俺も時間が稼げる。ただ、それだけだ」
 カイルが肩にかかったコートを掴んで踵を返せば、ギルクは「御意」とだけ答えて後ろをついてきた。
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