ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
部屋で待っていたはなが、心配そうに頬ずりをした。
近頃急に年老いたようで寝てばかりいるけれど、ふと気づくと慰めるように寄り添ってくれている。
思わず目の奥が熱くなって、多恵は笑顔を作ってはなの頭を撫でた。

「大丈夫よ、はな」

喉を鳴らしたはなが、ピクリと耳を立てた。
廊下の床の軋みが、迷いもなくこちらへと向かってくる。航太が帰宅したのだろうか。今晩は宿直のはずだけど。
いずれにせよ、はなが襖の前にお座りをして出迎えるなど、珍しい。

「コタ?」

と、開けた襖を、多恵は咄嗟に閉めた。バンと鋭い音に、はながベッドの下へ逃げ込んだ。

「多恵」

見間違いだと自分に言い聞かせたけど、この声は幻聴ではない。

「ここを開けて」

多恵は慌てて襖を押さえた。
タンクトップにウエストゴムのショートパンツ、そのうえ洗いざらしの髪にすっぴん。他人には見られたくない。まあ、彼には何度も見られているけど。

「ど、どこから入ってきたの?」

「玄関から」

「だってセキュリティーが──」

多恵はアッと声を上げた。

「弟を誑し込んだわね」

ディナーのとき、一度もこちらを見ようとしない玲丞に、様子がおかしいと思っていたら、こういうことだったのか。

とすると、今朝、泉に入り込んだのも、航太の入れ知恵で後を付けていたのかもしれない。
単純な子だから、玲丞にかかればイチコロか。

「君が僕を避けるから」

「あなたが追いかけるからよ」

「どうしても聞いて欲しいことがあるんだ」

「聞きたくない」

「じゃあ、このままでいいから聞いて」

「帰って。不法侵入で警察を呼ぶわよ」

襖の向こうで大きな溜め息がした。

それから急に静かになった。一分経っても三分経過しても物音一つしない。
まさか本当に諦めて帰ったのだろうか。
思いもよらぬ強硬手段に出た割に、少し拒絶されたくらいですごすご立ち去るなんて、男として情けない。

多恵はそっと襖を開けた。廊下の先に人影はない。

やはり帰ったのかと、気を抜いたとたん、逆の方から手が伸びて、襖の縁を掴んだ。
アッと思ったときには、部屋のなかへ押し戻されていた。
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