ホテル　ポラリス　　彼女と彼とそのカレシ？

5　『生きている人間の時計は動き続けているんだもの』

クローズのプレートが掛かったコカブの入口で、悩ましげに行ったり来たりしていた航太は、現れた人影に申し訳なさそうに頭を掻いて会釈した。

「すみません、お寝みのところを」

「多恵さんは？」

航太は、薄暗い店内の奥に見える外明かりを、視線で示した。

「水、もらえる？」

言われるままに冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、差し出す。

体調が悪いとフェルカドを休んだ多恵が、夜中に青ざめた顔でふらりとコカブに現れ、無言でバーボンのボトルを掴むと、プールサイドへ出たきり戻ってこない。

航太が仮眠している間に停電があり、その対応で疲れたようだと本多は言うけれど、誰よりもパワフルでタフな姉が弱音を吐くなど信じられなかった。
あんな姿を見たのは初めてで、どう扱っていいのかわからず、玲丞に相談したのだ。

「あとは僕に任せてください。知らせてくれてありがとう」

そう言って玲丞は、まごつく肩を力強く叩き、緊急オペに立ち向かう執刀医のように青い明かりの中へと吸い込まれていく。
その背中に亡き養父の面影を見て、姉が彼に惹かれる気持ちが少しわかったような気がする航太だった。
< 118 / 160 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop