ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「いい女なんかじゃない。プライドが高いだけ。だから、自分が捨てられない」
怒ったように言うと、歯ぎしりをするような強い目で、暗い海をじっと見つめた。
潮風に髪がなびく。その姿はまるで死地へ赴くジャンヌ・ダルクのように見えた。
不安な沈黙に、玲丞が声をかけようとしたとき、多恵が口を開いた。
「ポラリスを探しているの? 麻里奈さんに会いたくて?」
虚を突かれて、玲丞は一瞬、言葉を失った。
「どうして、その名前を……?」
多恵はゆっくりと顔を振り向け、ふふっと小さく笑った。
そのまま、鉄棒がぐにゃりと曲がるように、火照った頬をテーブルに預ける。
「幼馴染だったんですってね。彼から聞いたわ。あのひと、ほんとお節介なんだから。男のお喋りは嫌われるって、一度注意してあげた方がいいわよ。──ああ、まあ、オネェだけど……」
それからまたしばらく沈黙していたが、突然、投げやりに、多恵は真北の空を指差した。
「ポラリスはあれよ。あなたが逢いたい人は、あそこにいるわ」
「もういいんだよ、多恵。僕が逢いたかったのは君なんだから」
「可哀想に……、そうやってみんな記憶のなかに埋没して行くのね……。でも仕方がないわね。ポラリスは動かないけど、生きている人間の時計は動き続けているんだもの。きっと、麻里奈さんも、あなたの幸せを歓んでいるわ。だからね——」
多恵は目を伏せて、静かに言った。
「……あんな可愛い人、泣かせちゃダメよ」
「可愛い人……?」
「奥さん。若くて、清純で、お淑やかで、こんなところまで追いかけてくるほど、あなたを愛してる」
「だから、違うって!」
「もうどうでもいい。真実なんて、何の役にも立たない。僕は今、幸せに暮らしているって、そう言ってよ。もう、私を惑わさないで」
どうすればそんな解釈になるのか。まるで意図的に、ふたりの関係を歪めているとしか思えない。
玲丞は渇いた喉を鳴らし、覚悟を決めたように、そっと多恵の背中に手を伸ばした。
「多恵、聞いて、僕は──」
反応のなさに、ふと顔を覗き込んで、玲丞はしまったと項垂れた。
多恵はすでに、眠りに落ちていた。