ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「そんなことはない。君は一生懸命やった」
「一生懸命やったって、結果が出なければ、それはただの徒労よ」
玲丞は空になったグラスにミネラルウォーターを注ぎ、多恵の手にそっと握らせた。
多恵は大きく鼻を啜り、少女のように両手で水をすくうようにして口に運んだ。
「従業員たちにも、申し訳ないことをしたわ。みんないい人たちなの。給料は安いし、仕事はきついのに、誰も文句を言わずにポラリスのために尽くしてくれた。本当にポラリスを愛してくれてるの。それなのに……私は幸村の血を裏切れない。──だから、せめて最後は、みんなのために何とかしなくちゃ」
「何とかって?」
多恵はグラスをかざし、揺れる青いプールの光を透かし見る。
そして、独り言のようにぽつりと呟いた。
「わかってる……ちょっと目を瞑っていればいいのよ。あんな蝦蟇、夜道で田んぼに落っこちたって思えばいいんだから」
「……何を考えているの?」
「でもね、できないの。だって、私……好きな人がいるんだもの」
多恵は深く息を吐き、小首を傾げて玲丞を見つめた。
「誰のことか、わかってる?」
「……うん」
「うそつき」
多恵は仕方のない笑みを浮かべた。
「あなたがいけないのよ。今さら、私の前に現れたりするから……。すっかり覚悟がついたつもりだったのに、私を惑わすようなことを言って引き留めるから……」
玲丞は、堪えきれずに多恵を抱きしめた。
「多恵、僕と一緒に東京へ帰ろう?」
「何も知らないくせに。あなたなんか、何も知らない。私が背負っているものも、私を苦しめているものも、私がどれだけあなたを……あなたを愛していたかも……」
「ごめん……多恵、ごめん……もっと早く、君を見つけていれば……」
「早くても遅くても、同じことよ。実家の借金で苦しんでる姿なんて、あなたには見せたくなかった。だって、あなた、優しい人だもの。そんなこと知ったら、何とかしたいと思うでしょう? でも、どうしようもできないでしょう? そしたら、あなたが苦しむじゃない」
「君はいい女だね」
多恵は、重い壁を押すような力で玲丞の胸を突き返した。