ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「行かなきゃ」

多恵はやにわに体を起こした。

「どこへ?」

「謝ってくる。謝って、もう一度チャンスをもらってくる」

立ちあがろうとするのを押し留められ、多恵はキッと玲丞を睨んだ。

「だいたい、どうしてあなたがここにいるのよ」

「君が心配で──」

「あなたには関係ないじゃない」

「危険な目に遭うとわかっていて行かせられるわけがない」

「あなたに何の権利があるのよ」

玲丞は開きかけた唇を、止めた。

嘘でも、たった一言で、女の怒りや迷いを一瞬にして吹き冷ますチャンスだったのに、本当に嘘がつけないひと。これでは相手の苛立ちを増幅させるだけだ。

「部外者がよけいなことに首を突っ込まないで。これは私とポラリスの問題なの」

肩を掴む手を振り解き立ち上がろうとするけれど、男の力には敵わない。

「多恵、落ち着いて」

「だから気安く呼ばないでって言ってるでしょう! たかがセックスくらいで、あなたにとやかく言われる筋合いなんてない!」

「まさか君は、体を売るつもりだったのか?」

突然色をなした玲丞に、多恵は一瞬ギョッとして顔を背けた。

怒っている。彼でもこんな恐ろしい顔をすることがあるのだ。十分に一度は笑顔を向けてくれるひとなのに。どんな理不尽な我侭も微笑んで許してくれるひとなのに。

その怒りは多恵のためだとわかっているから、心に躊躇いが生じる。

多恵は奥歯を噛み締めて、弱気を払った。

引き返せない。もう一線を超えてしまっている。
彼を突き放すため、多恵自身の未練を追い払うため、ここはとことん開き直るしかない。

「そうよ、いけない? ポラリスの従業員を助けてくれると言うのなら、反吐が出そうな蝦蟇にでも、バイセクシャルの不倫男にだって、歓んで抱かれてやるわよ。何もできないくせに大口を叩かないで」

互いに己の傷を深めるような沈黙が続いた。

無言で睨み続ける目を、多恵が直視できないのは、どんなに己に言い聞かせても消しきれない道心と罪悪感のせいだ。

長い長い沈黙の後、玲丞は決意したように苦しげに言った。

「わかった。僕が君を買う」

「え?」と、声を発する間もなく、多恵は押し倒されていた。

「何するの! やめて、痛いってば! バカ!」
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