ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

いつもそう。人の話を最後まで聞かず、独善的で意地っ張りで、後悔したときにはもう遅い。

父に対しても、静枝に対しても、思いやりのなさを不甲斐なく思いながら、結局最後まで素直にはなれなかった。

亡くなる前に、もっとしてあげられることがあったはずなのに。
せめて、やさしい言葉のひとつでもかけて、ねぎらってあげられたら──

死者に対する悔悟は、自己満足の哀悼だ。二度と戻らないとわかっているからこそ、人は省みる。

けれど、玲丞は生きて、そこにいる。
謝罪も感謝も、多恵の心一つで可能なのに、今はまだできない。
彼を傷つけたまま距離を置くことは辛いけれど、でも、逢えばさらに深く傷つけてしまうとわかっているから。

別れは必然だった。多恵もまた、同じだけの涙を流している。

多恵は、301号室のバルコニーから、北の森の夜空へ目を凝らした。
この部屋にだけ与えられたポラリスの輝きは、カシオペア座を辿らずとも、すぐに見つけることができる。

──お父様、お母様、静枝さん、本当にごめんなさい。

しかし、彼らは答えない。
「よく頑張ったね」──たった一言をかけてくれるだけで、多恵も救われるのに。死者たちは、何も言わず、ただ穏やかに微笑んでいるだけだ。

やるせなく、ひとつ息を吐き、多恵は空を仰いだ。

褐色の空に、無数の星がまたたいている。
やがて、小さな光も自己主張を始め、夜空は星屑で満たされてゆく。
涙でかすんだ海の上にも、森の上にも、天は慈しみの星影を降らせていた。

「さようなら……ポラリス」

星が流れた。
多恵の代わりに啼いているかのように。
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