ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

3 『さようなら、ポラリス』

森閑としたポラリスに、春立つ星がそっと寄り添っている。
水を抜かれたプール。枯れた芝生と、モクレンの影に沈むバードバスだけが、静かに時を受け止めていた。

ホテル・ポラリスは、ついに終焉を迎えた。
母の夢。
父の願い。
静枝の祈り。
多恵の、そして、ここで生きてきた者たちの思い──。
すべてが奪われ、やがて外資の旗のもとに、レジャーランドの一角として組み込まれてゆく。

一時しのぎで救済した森も、いずれはトーエー開発の手に落ちるだろう。

権謀術数に富んだ彼らの攻撃に、一族と言えどもいつまでも踏みこたえられるとは、多恵も考えていない。
祖父に畏敬の念を抱いていた人々も代替わりすれば、本家への忠誠は薄れ、金に心を動かされる者も現れるだろう。いや、すでに息子や娘に押し切られている者もいるかもしれない。

それを責めるつもりは毛頭ない。山岡の言うとおり、「今を生きる者の暮らしこそが、大切」なのだから。

森は、静かに、確かに、削られていく。
水源が狙いか。温泉付き別荘地としての転売か。目的はわからない。いずれにせよ拝金主義のエゴに荒らされて、カンナビは死滅する。

ポラリスを守るために屋敷を手放し、森を守るためにポラリスを犠牲にした。
けれど、それも結局は悪あがきに過ぎない。

救いだったのは、従業員たちの新たな行き先が決まったこと。

旧幸村邸にオープンするオーベルジュに、フェルカドのメンバーはむろんのこと、他のスタッフも、揃って招聘されることになった。
菜々緒には大手企業の秘書職が用意されていたが、本人の強い希望で他のメンバーと合流するという。

あの夜の約束を、玲丞は果たした。

東京で、最後に彼が言いかけたのはこのことだったのだろう。
それを取り合わず無下にして、玲丞もほとほと愛想が尽きたのか、リストに〝幸村多恵〞は除外されていた。
< 141 / 160 >

この作品をシェア

pagetop