ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「やりすぎだ」
「フン、いい歳して親の金で男と遊び回ってるばか女と、親戚になるなんて真平ごめんだわ」
言いながら、女──倫太郎は太々しく椅子に腰を落とし、遠巻きに様子を伺っているウェイターに水を所望した。
「伯母様もさぁ、次から次へと諦めが悪いのよ。あんたもその気がないなら、ハッキリ断りゃいいじゃない。そのたびに火消しに走らされる、こっちの身にもなってほしいわ」
玲丞は小さく苦笑した。
火消しが必要なのは、倫太郎の頭の方だ。
従兄の縁談を聞きつけるや、頼まれもしないのに倫太郎は〝炎上〞させてきた。
今回もどうせ、事前に合コンでも開いて、盛大に花火を打ち上げておいたのだろう。
藤崎家。政財界に多大な影響を持つ名家の婚姻は、もはや思惑の坩堝だ。
政治家たちのパワーゲームに利用されるのは御免だが、温室育ちのままの母が深く考えもせずに請け合ってくる縁談を、無下に断ればそれはそれで差し障りがある。
母が躍起になるのは自責の念のためだ。あのとき、フランス行きを反対しなければ、麻里奈と共に送り出していたら、彼女は命を失うことはなかったと。──だから断れない。
そう考えると、倫太郎の〝お節介〞も、一種の人助けなのかもしれない。
「だいたい、親なんて孫の顔が見たいだけなんだ。跡取り跡取りってプレッシャーで、由紀ちゃんも薫子も可哀想じゃないか」
倫太郎と関西財界の重鎮を祖父に持つ薫子の結婚は、完全なる政略だった。
倫太郎の父親は精力家で、派手な社交家の妻とは俗にいう仮面夫婦。
冷え切った家庭環境で育ち、倫太郎自身も乱れた異性交友にあったが、幸いなことに見合いの席で薫子に一目惚れした。
相変わらず派手に遊び歩いているのは、初めて愛した女とどう接していいのか戸惑って、逃げ回っているのだ。
ちなみに、倫太郎はノンバイナリージェンダーで、女装は彼にとってファッションのひとつだ。
両親は、病弱だった一人息子に“男らしさ”と企業の後継者としての自覚を強制した。
性別の枠に違和感を覚えながらも自己を押し殺していた彼は、姉のように慕っていた麻里奈にせがみ、こっそり少女の装いをすることで、壊れそうな心の均衡を保っていたのだと思う。
麻里奈が亡くなってからは、その傾向がさらに強くなった。まるで、続くはずだった彼女の人生を、自分の中に引き継ごうとしているかのように。