ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

3 『君たちが、僕のポラリスだから』

長い石塀に囲まれた重厚な門構えの前で、多恵は立ち尽くしていた。
真っ白なおくるみに包まれた赤ん坊を抱き、奥の石畳に目を落とす肩は、憤慨と困憊に震えている。

──司ったら、どう言うつもり?

亡き両親に代わり御七夜を祝ってくれる気持ちは嬉しい。けれど、産院からいきなりここへ連れてくることはないだろう。

確かに「ここだけは嫌だ」と言った。けれど、それで抜き打ちとは、あまりにも強引だ。

文句のひとつも言いたいが、当の首謀者は、追い出すように友人を降ろすと、さっさと車を停めに行き、そのまま戻ってこない。

腕の中の赤ん坊は、すやすやと眠っている。
こんなところを近所の人に見られたら騒ぎになるし、タクシーを呼んで顔を指されるのもまずい。

もう留まることも、引き返すこともできないのなら──いっそ進むしかないか。

それに、祝宴を整えて待ってくれている伊佐山たちの落胆を思うと、それも忍びない。
いずれにせよ、こうして無事に我が子を抱くことができたのは、彼らのおかげだ。

多恵は天を仰ぎ、ため息をついた。そして、心を決めたように一歩を踏み出す。

ザァッ──。葉擦れがして、そよ風がアピローチの坂道を縁取るサツキの生垣を揺らした。

多恵は目を細めた。
母のバラが今年も可憐に咲き誇っている。祖母の藤棚も優雅な花房を垂れている。
主が代わっても、庭の佇まいは何も変わらない。

思い出が壊されなかったことに感謝する反面、思い出が誰かのものになってしまった悔しさも湧く。
力及ばず守れなかった情けなさが、胸を締めつけた。

複雑な母の胸の内が伝わってしまったのか、腕の中がモゾモゾと動いた。多恵は驚いたようにおくるみの内を覗き込んだ。
赤ん坊は小さくあくびをして、また静かに眠りにつく。

多恵は安堵の息をつき、愛おしさに微笑んだ。

──ここが、お母さんのお家だったのよ。

この場所を彼の人生の出発点に──司は、そう考えたのかもしれない。

幸村家の跡取りという宿命を、生まれた瞬間から背負わせるのは、親のエゴだ。
家名などいっそ捨ててあげればよかったと、彼を初めて抱いたとき、後悔に涙もした。

けれど、四十三代続く家系を自分の代で終わらせる勇気は、多恵にはなかった。

ようやく玄関に辿り着いた多恵は、大きく息を吐いた。
ここまで来ても臆している自分を叱りつけるように、なかば自棄っぱちでドアを開ける。──とたん、息を呑んだ。
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