ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「こちらへサインを」

目を合わせまいとする多恵に、切なげな沈黙が流れる。
やがて、玲丞は諦めたような吐息をついて、伝票を手に取った。

「仕事が終わったら、会ってくれる?」

「お断りします」

にべもない返しに、言った方が胸を痛めた。

玲丞は哀しげに目を伏せ、再び深い溜め息を吐くと、おもむろに伝票ホルダーをワゴンに戻した。

「サインはそのときにするよ」

交換条件を出すなど彼らしくもない。
多恵はムッと玲丞を睨むと、ものも言わずに一礼してさっさとワゴンを押した。

「多恵──」

多恵の肩がビクリと震え、足が止まった。

「何時になっても構わないから。……待ってる」

〝多恵〞

その名で呼ぶのは、今はこの世に一人しかいない。

多恵は、運搬用エレベーターに乗り込むと、どっと脱力したように壁にもたれかかった。
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