ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
2、都会の恋人たち

1 『ちょっと待って! 誰? このひと』

あれは、三年前、東京に残暑と呼ぶには寝苦しい熱帯夜が続いた頃だった。

どこかでアラームが鳴っている。指先で辺りを探って、多恵は呻いた。
二日酔いの頭には、耳許で半鐘を打たれるほど辛い。それなのに、いつも枕元にあるはずのスマートフォンがない。

こめかみを押さえ寝返り打って、ベッドの下で叫く頭痛の種を封じる。
見覚えのないカーペットに、ベッドから落ちかけた腹ばいの顔を上げ、多恵は眩しげにまだ焦点の合わぬ目を細めた。

──ここ、どこ?

どこかのホテルだろうか。一面のパノラマウインドウの外に都心の青空とビル群が広がっている。
ハイグレードな造りだけれど、モノトーンの室内はずいぶん殺伐としていて、めぼしいインテリアはこのシングルベッドとソファーだけ──。

「ゲッ!」

跳ね起きて、たちまち緊箍児を絞められたような激痛に頭を抱え込んだ多恵は、目の前の乳頭に仰天して、慌てて肩までタオルケットを掻き上げた。

「まじか⁈」

恐る恐る手で探る。かろうじてショーツは穿いている。

歓ぶべきか、だからどうだと言うべきか、混線してショートしそうな脳を鎮めようと、頭を両手で挟んで振ってみた。──かえって思考がぐだぐだ廻った。

──これは夢? 昨夜の酒がまだ残ってる? ちょっと待って! 誰? このひと。

ソファーからはみ出した長い足、半袖から覗く腕は程よく逞しい。顔は──まあまあ美形か。
罪のない寝顔で、さぞや佳い夢を見ているのだろう。何だか軽い殺意さえ覚えてしまう。

──それにしても、どこで拾ってきたのだろう?
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