ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「何か武道をされているのですか?」
ブルーチーズに蜂蜜をかけながら、多恵はバツ悪そうに、
「子どもの頃、護身にと柔道を。祖父が黒帯だったものですから。──それより、他に何かご迷惑をかけませんでしたか?」
玲丞はチラリと坪庭の篠竹へ目を向けて、
「そういえば、ソフトクリームを買いに走らされました」
「ああ、やっぱり」と、多恵は項垂れた。
「私、酔うと記憶が飛んでしまって……」
「それじゃあ、そのあとのことも覚えていませんか?」
「そのあと? まだ何か失礼なことをしたんですか?」
今度は玲丞の方が気まずい顔をした。
「あなたじゃなくて、僕が……」
「あなたが? 何でしょう?」
悪戯を見つかった少年のように、玲丞は急に落ち着きをなくしている。
「ああ、いいです。私の方が覚えていないのですから、きっとたいしたことじゃないんですよ」
「でも、あとで思い出すこともあるかもしれない」
「心配ご無用。私、都合の悪いことは思い出さないたちですから」
「そうなんですか?」
「試してみます?」
玲丞は少し迷って、
「じゃあ……目を閉じてください」
多恵はおとなしく目を閉じる。
この人が、他人を傷つけるような言動をするとは思えない──それなのに、なぜこんなに言いにくそうなのか。
しびれを切らしてうっすら目を開けたとき、大きな影が彼女を覆った。
唇に、温かなものが触れる。ほんの一瞬だった。