ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「思い出しました?」
伏し目がちに問う玲丞に、多恵は何が起こったのか理解できないと眉間を皺めた。
「埠頭で夜景を見ていたんだけど」
多恵は小首を傾げた。
「もう一度したら、思い出すかもしれません」
大真面目な申し出に、玲丞は一瞬驚いた顔をして、それからフッと笑った。
ぎこちなく唇が重なった。坪庭の睡蓮鉢の水面に、繊月が捕まっている。
──ああ、埠頭だ。
波間に揺れる港の灯り。男の指が女の唇についたクリームを拭った。見つめ合ったまま触れた唇が、クリームよりも甘く柔らかかった。
それが刷り込みによる想像なのか、記憶の回復なのかは定かではない。
玲丞は、多恵の背中を抱きしめ、大きく息を吐いた。
「思い出した?」
多恵は玲丞の胸のなかで小さく頭を振った。
破裂しそうな鼓動が、頬に伝わってくる。それが彼のものなのか、自分のものなのかわからない。
はっきりしていることは、ふたりが今、とても不安定な状態にあるということだ。どちらかが少しでも身動きすれば、均衡はいとも簡単に破られる。
そうなることを期待して彼を部屋に誘ったのか、裸の女に指一本触れなかった草食系にそこまでの勇気はないと招き入れたのか、いったい自分は進みたいのか、引き返したいのか。
──いっそのこと、一気に押し倒してくれないだろうか。
心が伝わったかのように、ふと、縛めが解けた。
三度目のキスは、これまでとは違う。互いに唇を食み、舌先が触れあう。
キスだけで、カラダが溶け合う予感がした。
──もう引き返せない。
唇が首筋を辿った。
「こんなことまでしたの?」
「……いいえ」
玲丞は頬を緩ませ、お喋りを封じるように、瞼にそっとキスをする。
体を横たわせるタイミングも、ボタンを外す指先も、意外に手慣れていて、何だかうまいこと一杯食わされたような気がする多恵だった。