ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

花もない病室に差し込む薄ら陽に、彼女の肌は薄青く、三つ編みにしたほつれ毛が憔悴しきった頬に落ちている。昔から顔も体も線の細いひとだったけど、一層儚げになって、薄青のカーディガンから覗く血管の浮き出た手が、痛々しかった。

「多恵さんがお戻りにならないのは、私のせいなのです。中里が亡くなって、私が社長に就任したとき、息子を後継者にするために中里に遺言書を書き換えさせたと、厳しくお叱りになる方もいらして……。多恵さんは、ご自分が帰省されることで、再び私の立場が悪くなることを、憂慮してくださっているのです」

静枝は苦しい息を継いで、いまだかつて見たことのない厳しい顔を、航太に向けた。

「多恵さんが相続を放棄されたのは、私たちのためですよ。お屋敷からの退去を迫るご一党から、お屋敷の名義を会社に移すことで守ってくださった。そのうえ、放棄したお父様の遺産を買い取って、贈与税の支払いさえままならなかった私たちを、助けてくださったのです」

静枝は多恵に向き直ると、

「社長として私が至らぬばかりに、このようなことになってしまい、本当に、申し訳ございません」

体が二つに折れるかと思うほど腰を折った。

多恵は、鼻白んで顔を背けた。
静枝ほど多恵を理解しているひとはない。わかっているのに、素直になれない。静枝の思いやりが深ければ深いほど、やはり他人なのだととらえてしまうのだ。

多恵が中里の姓であれば、少しは母娘らしく接せられたのだろうか。
逆にまったく赤の他人であったのなら、感情が揺さぶられることもないのに。

重い沈黙があって、ようやく静枝は切り出した。

「私は、多恵さんの意思にすべてお任せいたします。お母様の夢であったポラリスの行く末は、娘のあなたにしか決められません。お父様の遺言は、そう言う意味なのです」

多恵はカッと顔を向けた。

「無責任なことを言わないで!」

言葉はしかし、喉の奥で止まった。ただ頭を垂れる静枝と佐武の、老いと困憊で小さくなった肩を見ていると、何も言えない。

多恵は怒りの矛先を失って、ものも言わずに病室を飛び出した。
< 67 / 160 >

この作品をシェア

pagetop