ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「ジャンヌ・ダルクなんてもてはやされているらしいけどさ、蔭では哀れな目で見られてんだよ。アラサー独身女のキャリアなんて、女からは〈ああはなりたくはないよね〉ってバカにされて、男からは〈かわいげのない女〉って敬遠される。姉ちゃんは会社のプロパガンダに利用されただけだ。賞味期限が切れて煙たがられる前に、引退した方が賢明なんじゃないの?」
痛いところを突かれた。
今春の人事で昇格できず、それどころか、夏目とのゲスな噂を流されたことで、香港への異動を打診されているのだ。
身重の新妻がいる男と不倫などと、まったくもって心外だ。
百歩譲って誤解される状況があったとしても、女だけが責任を取らされるのは納得できない。
加齢による肉体面の変調と、精神的な焦りが、多恵を怒りっぽくさせていた。
「コタこそ、バーテンダーのバイトが本業になるんじゃないの?」
「オレは焦ってないだけさ。中途半端に妥協して、自分を安売りしたくないんだよ」
「可能性の低い人間に限って、そんな屁理屈をこねるのよ。実績を作ってからものを言いなさい」
「崖っぷちのおばさんよりは、よっぽど可能性はあるけどね」
「おばさんって! 誰に向かって言ってんの!」
「おやめなさい。病室ですよ」
佐武の声に、姉弟は睨み合ったまま我に返った。
「航太君、君が今まで何不自由のない生活ができたのは、ご両親のおかげです。都合のいいときだけ親を頼って、何かあったら責めるなど、恥ずかしくはありませんか?」
航太も多恵も下向いた。
確かに恵まれた暮らしだった。進路にしても、我がままを、文句も言わずに通してもらった。
「それに姫様、本来ならばあなたが背負うべき責務を、社長が果たしてくれたのです。他人事のように仰ってはいけません」
好々爺の顔に情けないと書いてあって、多恵は自分を恥じた。
だいたい佐武も、村長の激務をようやく息子に引き継がせて、悠々自適の老後を迎えていたはずなのに、ポラリスの専務など引き受けるから、めっきり老け込んでしまうのだ。
「そうではありません、専務」
力ない静枝の声に、多恵はこの日初めて彼女の顔に目を向けた。