ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
今際の際、父は一言「すまない」と呟いた。
多恵になのか、静枝になのか、残された者にはわからない。
ただ、父の死に顔はとても穏やかだった。安堵のような微笑みは、ようやく旅立てることへの歓びにも見えた。
あの言葉は、長く待たせてしまった永和への詫びだったのではないかと、多恵は考えることがある。
そう思うと、静枝がいっそう哀れだった。
「ポラリスは、永和さんそのものなんだ。だから、母さんをポラリスから解き放ってあげられるのは、娘の姉ちゃんだけなんだよ。もう充分だろう? 母さんを自由にしてあげてくれよ」
静枝は、滅び行くホテルを処分することも、逃げ出すこともできなかった。このままポラリスと心中するつもりだったのかもしれない。
麗らかな花壇の上を、白い蝶が戯れている。
多恵は沈鬱な面持ちで、よろりと立ち上がった。
再発から二年後、静枝のガンは脳に転移した。
治療に専念させるために、帰郷して同居までしたのに、相変わらず多恵は静枝に向き合うことができず、逃げるようにホテル立て直しに熱中し、彼女の体調悪化に気づかなかった。
余命半年と医師から無情に告げられて、航太は天を仰ぎ、多恵は窓の外へ目をやった。
桜が雪のように散って、浅黄色の空が霞んで見えた。