ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

多恵は一礼をしてテーブルを移動すると、深紅のサマードレスの女性に微笑み礼をした。
サスペンスドラマの当たり役そのまま闊達なひとで、ワイングラスを手にした姿は写真集のポージングのように決まっている。

「お下げしてよろしいですか?」

「聞いて、このひとったら、いつになったらスカンクが出てくるのだろうっ……て……、真顔で……、スカンクって、食べたら臭くない?……」

今夜の主な献立は、とうがんと駿河湾産スカンピ(・・・・)(赤座海老)のタルタル仕立て、フィレッシュトマトのパスタ、鮑と金目鯛のポワレ、牛フィレのステーキだ。

笙子は笑ツボに入ったかのように再び笑い出すと、苦しげに目尻に溜まった涙をナプキンで吸い取り、笑い皺を伸ばすようにこめかみを指先で押し上げた。
美とは一瞬も気を抜かない努力に培われるものだと、多恵はつくづく思う。

「今夜は、珍しいのがいるね」

皿を引く多恵に、須藤がぼそっと呟いた。
肩まで伸びた髪、痩せた体、黒づくめのファッションが、神経質な思想家のように見える。
テレビや映画のポスターなどを多く手がける広告写真家として有名な彼だけど、本来はネイチャーフォトグラファーで、岬の森をこよなく愛する一人だ。

「どこどこ?」

笙子が振り向く。そこには玲丞とカオルの姿があった。

傍から見ると実に美しいカップルだ。
特に黒いカシュクールドレスに着替えたカオルは、中性的で妖しげで、他の客たちもときおり視線を流し見ていた。

そういえば、さっきバンいっぱいの衣装が届いたと、大和が慌てふためいていた。
ファッションショーでも始めるつもりか?

「女優より目立つなんて、やぁねぇ」

「いや、そっちじゃなくて……」

言いかけて止めるのは須藤の癖だ。口が重く、その分、笙子がお喋りだから、気に留める者もない。
正反対な夫婦だけれど、あと二十年もすれば彼らも似てくるのだろうか……。
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