私の彼は、一途な熱血消防士
 ゴムを外すと、園長先生は自身の机の上からブラシを手に取り、私の髪を梳き始めた。園長先生は慣れた手つきで髪を括り、ゴムを少しずらして髪をねじり、毛先を見えないように纏めるとそこに簪を差した。

 簪なんて私は持っておらず、それは園長先生の私物だった。

「園長先生、これ……」

 私の戸惑う声に、子どもを諭すような声で私に話しかけた。

「着付けをさせてくれたお礼よ。それ、あげるから、よかったらこれから浴衣を着る時に使ってね」

 そう言って返品不可を宣言した。
 園長先生はご結婚されているけれど、お子さんは男の子しかいない。しかもその息子さんはすでに成人して遠方に住んでいる。
 そのため、息子に彼女ができたらこうやって色々やってあげたいのだと常々口にしていた。

 そんな矢先、夏休みに彼女を連れて帰省が決まったとのことで、今回我々はその練習台として着付けをしてもらうこととなったのだ。

「他の先生たちにも、ヘアピンやヘアゴムとか、ちょっとしたものを渡してるのよ。愛美先生だけじゃないから、遠慮しないで」

 そこまで言われたら、もうこちらからは何も言えない。ありがとうございますとお礼を言い、簪は遠慮なくいただくことにした。
< 106 / 305 >

この作品をシェア

pagetop