しあわせのレシピブック

エレとソルティ

 本を読み解いていくことで、エレ自身にも理解出来ていくことがありました。
 例えば、それは慣れていくようなもの。少しずつ書いていることが鮮明に分かるような、そんな印象がエレの中にあったのです。
 シュトロイゼル先生は、この本に書かれていた言語を知りませんでした。
『このような文字は見たことがないね……』
 先生モードのシュトロイゼル先生が言うならば、そうなのでしょう。
 それを理解出来ることは、どういうことなのか。エレにはわかりません。けれど、
(今は、良いのです。わたくし、知りたい)
 エレは毎日本を読みます。

 *

「それでは、行ってまいりますわ」
 いつも通り、ソルティさんの家からシュトロイゼル先生の家まで向かおうと支度を済ませたエレは声を上げました。
 が、
「ちょっと待って」
「?」
 ソルティさんに呼び止められ、エレは不思議そうにソルティさんを見つめます。
 ソルティさんは、エレの手をそっと掴みます。
「もう、エレちゃん。夢中になるのは良いけれど、自分をもっと大切にしなよ?」
 ため息混じりの笑み。つられるようにエレは自分の手を見ました。微かに荒れた手がそこにあります。お掃除やお洗濯だけではなく、紙で切れたような傷も、ありました。
「あ……」
「はい、こっち」
 ソルティさんが手当のセットを見せながら手招き。断る言葉を探す前に、手早くソルティさんはエレをひっぱり、ソルティさんの前に座らせました。
「……すみません」
「謝ることではないよ?」
 消毒液をそっと塗りながら、ソルティさんは優しい笑顔を浮かべたまま言います。
「あんなに楽しそうなエレちゃん、わたし、初めて見たもん。夢中になるの、楽しいでしょ」
「はい」
「うん、だから良いんだ。たまにやりすぎたらこんな風に立ち止まって見るのもいいかもって。エレちゃんの周りには、エレちゃんを大事にしてくれるひとがたくさんいるんだから」
 よし、出来た。呟いてエレの手をゆっくりと握るソルティさん。
「ありがとうございます」
「ん。今日もお仕事頑張って!」
 エレの顔は先程よりも晴れやかな笑顔に。
「それでは、行ってまいりますわ!」
 そうして、今日も元気な声と共にエレは自分のしたいことをしに行くのでした。
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