シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「希幸……」

 ぐしゃぐしゃになった視界から、慧悟さんの影が消える。
 きっと私はもう、彼の姿を見ることは叶わないだろう。

「希幸さんもこう言っている。彩寧さんというお相手もいるんだ。いい加減、諦めたらどうだ」

 旦那様の声が聞こえる。

「そうよ、あなただけよ、いつまでもわがままを通そうとして――」

 奥様の声も聞こえる。

「それでも僕は、納得できない」

 慧悟さんの声がして、部屋に沈黙が響いた。
 何も見えないけれど、張り詰めた空気が私にもぴりりと届く。

 私には、何ができるだろう。
 伝えたいことを伝えた今、慧悟さんが納得するのを待つしかできないのがもどかしい。

 どうか納得して。
 私にもう構わないで。

 そう思うのに、慧悟さんの気持ちが嬉しい自分もいる。
 私はまだ、慧悟さんの描く未来の可能性を捨てきれていないらしい。

 情けない。さもしい。
 こんな私は、やっぱり気高き幾美家の人にはなれないし近付けもしない。

 悲しくて、悔しくて、次々溢れる涙は枕を濡らす。
 お腹の下の方でもぞもぞと動く小さな命にも申し訳なくて、私は胸の中でごめんねを繰り返した。

 何もできない、張り詰めた長い沈黙。
 それを破ったのは、病室の戸が開く音だった。
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