呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
 エーリエの話によると、この家には先代どころかその前、更にその前の、またまたその前、ずっと長きにわたって魔女たちが集めて来た様々なものに保存魔法がかかっているのだと言う。エーリエや先代魔女にはまったく使い道がわからなかったようなもの。その中に、該当する材料が含まれていたということだ。

「この国では今は手に入らないものもあって……でも、さっきちょうど過去の魔女様たちのコレクションから運よく少しだけ見つけたんです。だから……」

 そこまで説明をして、エーリエは「はっ」と何かを思いついたようにノエルを見た。

「ノエル様! あのっ……お願いがあるんですけど」
「なんだ?」

「その、わ、わたし、が解呪をするのを見ていてもらえませんか? それで、そのう、解呪が本当にされたのか、お顔を見せていただくことは出来ないでしょうか。あっ、仮面はとらなくても大丈夫ですからっ……」

 エーリエはそう言いながら上目遣いでノエルを見る。顔が見えなくとも、仮面にある目と目を合わせようとしている様子を健気に思う。

 そうは言っても、自分の顔を鏡で映して見て、例のロケットの肖像画を見れば良いのではないか……そうノエルは思った。だが、彼も解呪については興味があったし、何よりも彼女が「見える」ようになる場に立ち会ってみたいと思う。正直なところ、少しだけ彼は安心をしたかったのだ。過去のこととはいえ、自分のせいで発生した呪いだ。それが解かれることは望ましい。

 仮面をとらなくても良いのならば、とノエルが「わかった」と返すと、エーリエは嬉しそうに礼を言った。



 ノエルは奥の部屋に通された。部屋の真ん中には大きいテーブルがドン、と置いてあり、その上には様々な道具が散らばっている。周囲を見れば、何やら多くの薬草が瓶の中に入って並んでいるし、よくわからない容器がずらりと床の上、棚の上に大量にある。また、とんでもない量の書物が積みあがってもいた。

 その中央のテーブルに様々な薬草やら、よくわからない石、よくわからない羽根などを並べ、エーリエは一つずつ書物と照らし合わせる。何度も念入りに確認をして「うん」と頷いた彼女の表情は、それまで見たことがない真剣なものだった。

 書物をパタン、と閉じて椅子の上に置き、彼女はテーブルに向かった。

「実は、あまり呪文を唱えることが得意ではないんです……」
「呪文を唱えることに、得意や不得意があるのか?」

 ノエルは不思議そうに尋ねた。それへ、エーリエは目線をテーブルに向けたまま答える。

「はい。呪文は言葉ではありますが、その言葉に魔力を共に乗せて、唱えることによって術を編み上げると言いますか……すごい魔女ともなれば、無詠唱でそれを完成しますが、とてもわたしには……わたしはあまり魔力が多くないですし、長い呪文は苦手です」
「そうか……」
「でも、頑張ります」

 そう言って、エーリエはそっと背後のノエルを振り返って、柔らかい笑みを見せた。だが、彼女の手がかすかに震えていることにノエルは気付いた。彼は「失敗しても、何度でもやれば良いのでは」と言いそうになったが、寸でのところでそれを止めた。いいや、違う。何度もは出来ないのだ。だって、彼女はさっき「過去の魔女様たちのコレクションから運よく少しだけ見つけた」と言っていた。その「少し」がどれぐらいのものかはノエルにはわからなかったが、少なくとも彼女はこの1回で成功をしたいのだろうと思った。

「それでは、始めます」

 彼女の斜め後ろでノエルは「ああ」と言葉を返す。エーリエは、深呼吸を数回した。

「カートル・ヘーナ・モンフィーナ・ガレアント・リーゼル・ヘラッテ」

 意味が分からない文言。それは古代語なのだが、ノエルにはよくわからない。唱えながら、エーリエは手のひらで円をかくように机上に置かれた薬草を撫でる。一度では何も起きなかったが、それを繰り返し呟くと、突然、薬草がボウッと火を吹いた。ノエルは「危ない……」と言ったが、薬草が燃えている炎は青白く、しかも、机や他のものに燃え広がらない。これは、魔法の一種なのだろうか、とノエルはごくりと唾を飲み込む。

「カートル・ヘーナ・モンフィーナ・ガレアント・リーゼル・ヘラッテ」

 何回目だろうか。同じ文言を繰り返し続けると、燃えている薬草の青い炎が大きくなる。ぼうっと大きく燃えたかと思えば、薬草を中心にして円状の炎になり、なんとそれは空中に浮かぶ。

 予想外のことで、それに目が釘付けになるノエル。次に、こうこうと明るく燃えるそれから、白い煙が大量に出て来た。薬草は炎の核となっているだけで、まったく燃え落ちる気配もなく、その形のままを維持して空中に浮かんでいた。

「うっ……」

 呻くノエル。煙が少し目に染みる。仮面をしても見えるようになっているから、少しは目をこすれる。だが、徐々にそれは少しなんてものではなくなっていく。困った。ごしごしと強くこすりたい。ノエルは何度も何度も瞬きをしながら、涙目になった。これでは、最後まできちんと見届けられないのでは。そう思って、彼は仕方なく仮面を外す。煙の匂いは何もしないのに、何故か目にしみる。

「おい、これは煙が出て大丈夫なものなのか?」

 そう尋ねたが、エーリエの方はそれどころではない。

「うう……カートル・ヘーナ・モンフィーナ……」

 エーリエもまた、目から涙をボロボロ流していたが、文言を繰り返し続けている。もう、10回以上その文言を繰り返しているのではないか。一体それにどんな意味があるのか……そう思いながらノエルは手でごしごしと目をこする。と、その時、白い煙に混じってごっそりと黒い煙がまるで塊のように漂い始めた。よく見れば、それはエーリエの体から発されているように見えた。

(あれが、エーリエの呪いか何かなのか? だが、わたしの前にも、何か、黒い煙が……)

 よく見ると、エーリエの体から出て来た黒い煙に比べれば、細い上に少量だが、ノエルからも黒い煙のようなものが出ているように思う。そして、それは、机上の石に吸い込まれていく。

「カートル・ヘーナ……!! ディア・ニーセル・ゴティア・カルテ……」

 エーリエが唱える文言が変化をした。青く光っていた炎は消え、薬草は燃えかすになってぽとりと落ちた。そして、エーリエの体から出て行った黒い煙の塊、それのほとんどが石に吸収された、と思えた瞬間、彼女はその横にあった羽根でその石を覆うと、手早く麻紐でそれを縛った。そして、ボロボロ泣きながら彼女はそれを持って、慌てて家から出ていく。一体何が起きたのか、とノエルは目をこすりながら彼女の背を追った。
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