呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う

18.エーリエの願い

 ノエルの傷はふさがったものの、無理矢理回復をさせられた体はずっしりと重い。意識を保っていることが出来なかったようで、彼はすぐさま再び気を失った。その様子を見届けるとエーリエは足早に部屋を出たが、そういえば馬で来たんだった、とおろおろと戻って来る。

「魔女殿」

 すると、中からユークリッド公爵が出て来て彼女に声をかけた。

「はっ、はい……?」
「ああ、よかった。まだいらしたのですね。わたしの息子を助けていただき、感謝いたします」
「え、えっ、え……?」
「ノエルはわたしの息子です。この恩は必ず」

「あっ、そうだったんですね……いっ、いいえ、いいえ、わたしの方こそ、ノエル様にご恩がありますので……! そっ、それから、あのっ、古代語の……古代語の辞書など、ありがとうございました!」

 突然のことですっかりエーリエは萎縮をして、後ずさりながらも必死に言葉を紡ぎ出した。すると、室内からマールトが出てくる。

「エーリエ。森に送るよ」
「あっ、ありがとうございます。申し訳ないのですが、出来るだけ早くお願い出来ますか。森の湖に石を封じなければいけないので……」

 すると、更にマールトの後ろから聖女がエーリエに駆け寄った。次から次に声をかけられて、エーリエは目を白黒させるばかりだ。

「魔女様! あのっ、ありがとうございましたっ!」

 勢いよく礼を言う聖女。だが、そんな彼女の様子も相当疲労しているようにエーリエには見えた。聖女はエーリエがここにたどり着くまでに、ずっとノエルに力を使っていたのだろう。王城から森までマールトが来て、そして自分が来て。その時間を考えたら、相当なことだとエーリエは思う。

「いいえ、これも、わたしが以前解呪をした時にノエル様の呪いを残してしまっていたからなので……それより聖女様も早くお休みになってくださいね」

 その言葉に続いて、ユークリッド公爵も聖女をいたわる。

「聖女様、わたしからも。今日のところは、ゆっくりお休みになってください。ノエルはもう大丈夫でしょうし……あまり、気に病まずに。あなたのおかげで、ノエルは死なずにいたのですし。本当にありがとうございました」

 聖女は困ったような表情で笑って

「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると、少し心が和らぎます……魔女様も、お気をつけてお帰りくださいね」

 と力なく返した。



 森に戻る道中、エーリエはマールトに質問を受ける。解呪についての話はノエルからいくらか聞いていたようだったが、使った石が何なのか、薬草はどうして青く燃えていたのか、等々を、好奇心のまま尋ねてくる。それらについては、エーリエもうまく説明を出来ないことがほとんどだったが、わかる範囲で説明をした。

「あの薬草は、この大陸ではとても珍しく……わたしの家に5本だけ保存魔法がかけられています。隣の大陸ではよく採れるようなのですが。石は、むしろこの大陸に多いですが、サーリス王国からは取れないようですね。これも、わたしの家に10個ぐらいあって……以前から、一体何に使うものなのかと思っていたんですけど。先々代の魔女様より、更に前の魔女様の日記を読んでも一度も出て来なかったので……」
「みんな、君の家にあるものだったのかい?」
「はい。正直な話、一体何に使うのかわからない草やら何やらに保存魔法がかかっていて、使わないだろうと思っていたんですが……何にせよ、家にある道具で足りてよかったです」

 ほっと息をつくエーリエ。それらを彼女は自分で手にいれたわけではない。過去の魔女たちのコレクションのようなものだ。彼女自身は保存魔法をうまく使えないが、過去から保存魔法がかかっているものは、どれほどの期間それが有効なのかはわからなくとも、現在までは機能している。

「古代語の勉強をするのに、ノエル様が色々と貸してくださって……そのおかげで、解呪が出来たんです。本当によかったです……!」
「ええっ? 君、古代語も出来るのか!?」
「まだ覚えたてなのと、話したり聞いたりは出来ませんが、書物を読むぐらいなら少しは」
「すごいな」

 マールトは心底感心したようにエーリエを褒める。しかし、エーリエは静かに首を横に振った。

「いいえ、これもわたしにたくさんの書物を貸してくださったノエル様のおかげです」
「じゃあ、ノエルは自分で自分を助けたってわけか」

 ははっ、とマールトが馬を走らせながら笑えば、エーリエも小さく笑った。

「でも、今日は何よりも聖女様のおかげだと思います。本当に聖女様がいらっしゃらなければ、ノエル様は……」

 そのことは間違いがない。エーリエのその言葉に、マールトも「そうだね」と軽く頷いた。彼がエーリエを連れて王城に戻った時点で、聖女が諦めていればきっと終わっていたことなのだ。本当によかった……エーリエは、ほっと溜息を一つついた。
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