呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
 マールトは剣術大会の運営側だ。開催前準備はノエルが指揮をしていたが、ここ数日で彼に引き継がれた。剣術大会には、毎年騎士団長から2名が選ばれて参加をすることになっている。今年はノエルと第四騎士団長がそれに該当していた。そして、残った騎士団長は、選ばれた近衛兵や騎士団員と共に、剣術大会の運営にと回ることになっている。また、今年は第一騎士団長が城下町方面の警備をしている。

 参加者の数は過去最大の32人。方式はトーナメント制だ。そして、前座で騎士団候補生たちの試合もある。参加者は既に控室に入っており、マールトはその全員をチェックして会場の受付付近に戻って来たところだった。

「あれっ!? エーリエかい!?」

 マールトは、恐る恐るという様子でやってきたエーリエを見つけた。周辺は多くの貴族たちや、平民であっても王城御用達の商人たち、他に上流階級となんらかの繋がりを持っている者たちでごった返していた。金さえ払えば見ることは出来るので、酔狂な、少し金を持っている平民たちもごろごろといる。

 その中で、エーリエは一歩進んでは一歩下がり、二歩進んでも一歩さがりを繰り返して受付をなかなか出来ない様子だった。それを見て、マールトは申し訳ないと思いつつ「はは」と声をあげて笑った。エーリエはようやくその笑い声でマールトの存在に気付いたようだった。

「あっ、マールト様。こんにちは」
「やあ、今日はすっかりお出かけ用なんだね。よく似合っているよ」
「えっ、あ、ありがとうございます……」

 薄化粧をして、髪を少しだけ結ってもらったエーリエは頬を染める。マールトは彼女の様子を見て「うぅーん」と唸った。

「あの……?」
「ああ、ああ、こっちの話。いや、これはねぇ……うん。とても君は可愛らしい。ノエルに早く見せてあげたいな……ところで、座席はわかるかな?」
「えっと、この番号で……」

 ノエルから受け取った招待状を見せるエーリエ。マールトはぴくりと眉を動かして

「そうか。じゃあ、折角なのでわたしが座席までご案内しよう。こちらへ」

 マールトはそう言って、エーリエを案内した。彼が歩くと、貴族令嬢たちが彼を目で追う。そのことに気付いたのか、なんとなくエーリエは居心地が悪そうな表情を見せた。

(うん。とても今日の彼女は可愛らしい。ノエルめ。何かしやがったんだな……)

 確かに、前回森に行った時に、彼女は新しいワンピースを着用していた。だが、化粧など一切していなかった。それがどうだ。ほんのちょっとだがうっすらと彼女の顔を生かすような化粧が施されている。マールトはそれを察して

(そうか。いつもの格好では、不十分だと思ったのか)

 と理解をした。勿論、そのことをエーリエ自身の口からノエルに言った、ということまでは、彼は考えてはいなかったけれど。

「こちらにどうぞ」

「は、はい」

 会場の中央には大きな広場がある。それをぐるりと囲んで階段状になっている客席は、6つにブロックがわかれていた。そのうちの3つのブロックは少し厚めのクッションが設置されており、それぞれの間に壁で区切られた特別席が3ブロック設けられている。

 そして、更にその上部に、今度は逆に特別席の上にむき出しの客席、むき出しの客席の上に特別席、と2段階にわかれている。王と王妃は、その2段階の上の特別席の一つに来る予定だ。

 沢山の人並みをぬって、ようやく彼女を座席に案内するマールト。

「ここが君の座席だよ」

 そう言って彼がエーリエを連れて行ったのは、下の階層の特別席の一つだった。そこには20人ほどの座席が並んでいて、4人ごとに間が離れている。その席は、むき出しの客席とは違って、背もたれにひじ掛けのついた椅子が並んでいる。エーリエの席は、そのうちの端の一席。その横には、聖女が座っていた。

「あっ、魔女様……です、よね?」
「あっ! 聖女様……?」
「まあ! お隣が魔女様だなんて嬉しいです! わたし、そのう……未だに王城の人たちのことをよく存じ上げていなくて。だから……」

 その彼女の言葉を柔らかく遮るように、マールトが

「ご一緒に観覧していただいてもよろしいでしょうか。聖女様」

と尋ねる。それへ、聖女はぶんぶんと、いささか力強く首を縦に振る。

「はい。はい。勿論です。魔女様、よろしくお願いいたしますね!」
「はい、こちらこそ……」

 戸惑いながらエーリエが返事をすると、マールトは「では、わたしはこれで」とあっさりとその場を離れてしまう。

「あっ、マールト様、ありがとうございます!」

 マールトは振り返らずに、軽く手をあげた。後は聖女に任せた、とばかりに彼は自分の仕事に戻ったのだった。
< 43 / 59 >

この作品をシェア

pagetop