呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「ああ、ノエルだな」
「お相手は騎士団員の若い子のようね」
「そうだな。運が悪かったようだな。とはいえ、ノエルも騎士団長として、胸を貸すぐらいのことはしてやるだろう」

 トーナメントの5戦目でノエルの姿が現れた。わあっと場内の声が一段と大きく湧く。そのことにエーリエは驚いて、おろおろする。

「まあ、ノエル様は人気なのですねぇ」
「とはいえ、それは仮面がとれてからだと思うのですがね」

 そう言ってユークリッド公爵は苦笑いを見せた。

「それまでは、あまりこんなことは言ってはいけないとは思いますが、何やら、恐ろしいとか、呪いの痕が、とか色々と噂をされていましてね。しかし、仮面がとれたらこれ、というのも、いささか苦々しい」

 すると、同じ特別席でも反対側の角に座っていた貴族令嬢たちがあげる声がまたも聞こえて来た。

「ノエル様!」
「夕闇の騎士様だわ!」

 それを聞いて、ユークリッド公爵は笑いながら聖女とエーリエに肩を竦めて見せた。そんな彼に、妻である公爵夫人は「あなた」と声をかける。

「始まりますよ」

 ノエルと若い騎士団員が入場をする。両者マントを纏った状態で場内に出て、それからマント留めや肩章などからマントを外し、付き人に渡してから中央に歩いていく。

 エーリエは彼が「夕闇の騎士」だとかなんだとか、よくわからない名前で呼ばれていることを薄々気付いていたが、確かにその名前が似合うのだと思う。

 彼のマントは黒く、裏側がくすんだ赤色だった。まるで、それは茜色のようだと思う。そして、それは彼の黒髪と赤い目だけで、誰が言い出したのかもわからない「夕闇の騎士」という名前にとてもふさわしい。マントをばさりと肩から落とすと、それは、裏側の茜色がぐにゃりと黒い外地に飲み込まれるように付き人の手に渡る。

(でも、夕闇と言っても、それは暗いというよりも)

 彼が纏っているのは、穏やかだが、どこかしんと静まり返っているような空気。そんな印象をエーリエは抱いて、ほっと息をついた。

(けれど、優しい)

 ノエルと若い騎士団員が双方向かい合って、礼をする。それから、少し離れて所定の位置に立つと、開始前の角笛が高らかに響いた。

「ノエル・ホキンス・ユークリッドと、ゲラルド・カーマインの試合を開始いたします」

 そして、もう一度角笛が鳴る。それが鳴り終わると同時に「ハイッ!」と声がかかり、試合が始まった。

 正直、エーリエは見ても「よくわからない」と思う。が、なんとなくノエルには余裕があるように見える。何度か剣を合わせて、避けて、を繰り返す。

 その後、相手の騎士は攻めあぐねているようで、うまく手を出せなくなる。そこへ、ノエルが一撃を繰り出し、試合は終わった。わあっと周囲が大きな声を発したため、エーリエはノエルの勝ち負けよりもそれに驚いて「わあ」と声をあげて耳を塞ぐ。

「本当に、みなさんの声が大きいんですよねぇ、ちょっとわたしもまだ慣れないです」

 聖女がそう言ってくれたことで、エーリエはこくこくと頷いて、少しだけ安心したのだった。



 それからも、ノエルはどんどん勝ち進み、ついに決勝に進んだ。さすがに、そこまでいくとはユークリッド公爵も思っていなかったのか「凄いな」と漏らす。それへ、公爵夫人が「聖騎士ですから」と笑みを見せた。

 エーリエは、ノエルがあまりに強いため、もう言葉も出ない。知らなかった。騎士団長であることは知っていたけれど、彼個人がこんなに強かったなんて……と口を半開きにしている。

 訓練所の模擬戦はどうだっただろうか。いや、あの日、彼がどれだけ強かったのかは、あまりよく見ていなかった。いや、それにしても……と驚くばかりだ。

 だが、何よりも彼の体に特に何もダメージがなさそうなことは、エーリエも嬉しく思う。

「凄いですねぇ、ノエル様。相手の剣を躱して、何度か攻撃をさせた上で勝っていらっしゃいますね!」

 聖女はそう言ってにこにこと微笑む。それへ、ユークリッド公爵が「とはいえ、まだまだです」と答える。エーリエはというと、何戦見ても、一向に剣術大会の「見方」がよくわからず、ただ、勝った、負けた、だけを追いかけており、ノエルの評価も何も出来やしない。

 だが。

「ノエル様、かっこよいんですねぇ……」

 ぽろりと口から出た言葉。それを、エーリエはハッ、となり、慌てて口を噤む。が、彼女の言葉を聖女やユークリッド公爵夫妻は聞いていなかったようだった。

(まあ、まあ、わたしったら……! 今、なんと言ったの? かっこいい?)

 ああ、恥ずかしい。そう思って、頬を紅潮させる。それとほぼ同時に、決勝の試合開始の角笛が鳴り響いた。
< 46 / 59 >

この作品をシェア

pagetop