花咲くように 微笑んで
第十章 事故と献身
「え?菜乃花ちゃん、プロポーズドクターとデートしたの?」

電話の向こうで有希が驚いたように言う。
「その後、あの先生とはどうなったの?」と電話がかかってきて、菜乃花は先日三浦と出かけたことを話した。

「いえ、デートではなく一緒に水族館に行っただけです。夕食を食べて、マンションまで送ってもらいました」
「それをデートと言わずして何をデートと言うの?」
「あ、そうなんですね。じゃあデートです」
「ヒー!いやー!」

ん?と菜乃花は眉根を寄せる。

(有希さんがデートだって言ったのに…。それにどうして、私と三浦先生がデートするのが嫌なのかしら)

冷静に考える菜乃花とは対照的に、有希はソワソワと聞いてくる。

「それで?菜乃花ちゃん、デートはどうだったの?もうそのドクターとつき合うことにしたの?」
「楽しかったですよ、水族館。可愛い動物達、たくさん見られて」
「いや、だから、そのドクターとは?」
「えっと、特に何も。つき合うって、どうなったらそうなるんですか?はい、今から!みたいな切り替えとかあるんですか?」
「え、えっと。そういうのはないと思うんだけど…」
「じゃあ、つき合ってるのかなあ?次は映画とショッピングに行くことになってるんですけど」
「そうなの?!それはもう、ガッツリつき合ってるじゃないの」
「じゃあ、恋人同士ってことですか?でも私、三浦先生のことは恋人とは思えないですけど」
「そうなんだ!」

なぜだか有希の口調が明るくなる。

「それならまだプロポーズは引き受けないわよね?」
「んー、恋人とは思えなくても家族とは思えるかもしれません」
「ヒエー!そんなのアリ?交際0日婚ってやつ?」
「交際ゼロにちこん?へえ、有希さんって、色んな言葉知ってるんですね」
「そんなとこ感心しなくていいから。菜乃花ちゃん、ちょっと考えてみてよ。本当に好きなのは誰?気になる人とかいない?」

聞かれて菜乃花は考える。

少し前まで春樹のことが忘れられずにいたが、いつの間にかそんな気持ちはどこかに消えていた。
そのことが妙に嬉しい。

「気になる人、いないんです!うふふ」

思わず笑うと、有希は怪訝そうな声を出す。

「な、菜乃花ちゃん。私もう、何がなんだか…。でもね、とにかくプロポーズのお返事は慎重にね。急ぐ必要ないからね」
「分かりました。もう少し考えてみます」
「うんうん。何かあったらいつでも相談してね」
「はい、ありがとうございます。有希さんも、お身体お大事にしてくださいね」
「ありがとう!また一緒にランチ行こうね」
「ええ、是非!」

菜乃花は明るく返事をして電話を終えた。
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