ニセモノカップル。
膝が震える。足をどうにか動かして、彼の前に向かう。
どうせ、フラれる。
できるだけ神楽くんが怒らないように言葉を選んで、告白して、すぐ逃げよう。

私より頭ひとつぶん以上背の高い彼。
彼は近づいてくる私に気づいて、その口を開いた。

「呼び出したのって、あんた?」

想像よりも低くて、静かな声。思えば、神楽くんの声を聞くのは初めてだ。

「……はい。突然ごめんなさい」
「用ってなに?」
「ご、ごめんなさい! あの、私と付き合ってくれませんか!?」
 
神楽くんは私の存在なんて知らなかっただろう。
そんな相手に告白されるなんて、彼にとっても迷惑でしかない。
例え、彼が不良でもだ。

「それって、恋愛としての付き合うってこと?」
「はい。もちろんフッてくれてかまいません。」

神楽くんの前髪の隙間から鋭い目が光る。
私は急いで頭を下げる。
少しだけ間をあけて、返事が返ってきた。

「いいぜ、付き合おう」
「ありがとうございます。本当に、時間をとらせてしまってごめんなさい……って、えええええええ!?」

今、いいって言った?
なんで? 意味わかんない! パニックになっている私を、彼はそっと抱き寄せた。
彼の胸に、すぽんと収まってしまう私。
うわ、いいにおい……じゃなくて、なに!?

「落ち着け。この告白さぁ、バツゲームだろ」
「え、その、それは……」
「バレバレなんだよ。校舎から七瀬たちが覗き見してる」

神楽くんに告白している私を見て、バカにするつもりだったんだろう。
神楽くんの胸のなかでも、七瀬さんたちが覗き見して喜んでいる姿が簡単に想像できた。
想像だけでも、胃がムカムカとする感じがしてくる。

「あんた、名前は?」
「……葉月(はづき)(あん)です」

神楽くんは私の肩を優しく持ち、体からゆっくりと離す。
彼の顔がすごく近くにあって、思わずドキリとする。
スタイルのいい長身だということは知っていた。
だけど、怖くてちゃんと顔を見たことはなかった。
……すごく整った顔立ちをしている。
切れ長の目、高い鼻、三日月のような薄い唇は弧を描いている。
どこからどうみても、イケメン。

神楽くんは私を見ると、妖しく笑った。

「あんた、七瀬たちにイジメられてるんだろ」
「……はい」
「復讐したくないか?」

不思議と彼のペースになっていく。つい、本心を話してしまう。

「そりゃあ、復讐したいくらいに憎いとは思っています。だけど、神楽くんが私と付き合う意味がわかりません……」

彼はやれやれというように首を振った。

「鈍いやつだな。俺とあんたが付き合ったフリをすることで、七瀬たちへの復讐になるんだよ。今、七瀬はすごい顔になってるぞ。校舎の二階、理科室の方見てみろよ」

神楽くんに言われたとおりに見てみると、そこには七瀬さんたちがいた。
七瀬さんは大きな口を開けたまま呆然としている。
早乙女さんと美並さんは、必死になって七瀬さんに声をかけているようだった。

あんな表情、見たことない。
どういうこと……?
頭の中がハテナだらけで、混乱する。

「七瀬きららは、俺のことが好きなの。しつこくて本当に迷惑でさ。今まで我慢してきたけれど、こんなガキみたいなことまでして俺に関わろうとしてくるのマジで無理」

神楽くんは嫌そうな顔をして舌をべぇっと出した。

「あんたは俺と付き合ったふりをすることで七瀬に復讐できる。俺は彼女ができたことで七瀬からしつこく追われなくなる。これってどっちにとっても得じゃない?」

七瀬さんの悔しそうな顔を想像すると、それだけで少し胸がすかっとした。

「どうする? もちろん、付き合うのはあくまでも演技。イジメがなくなって、あいつが俺を諦めたらそこできっぱり解消ってことで」

神楽くんの誘いは、とても魅力的だった。
学校でも有名な不良。
スクールカーストの枠から大きくはみ出した存在。
彼の手を借りれば……いじめも終わるかもしれない。

私は彼を見上げる。

「――よろしくお願いします」
「契約成立ってところだな。よろしくな」

彼はニヤリと口角を上げる。
そして私の手をとって、歩き出した。
二階から私たちを見ていた七瀬さんが倒れるのが見える。

ククク、と彼が嗤う。
その笑みは少年のようで、悪魔のようでもあった。

「七瀬きららには、しっかり失恋してもらうぜ」
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