ニセモノカップル。
静かな環境で授業を受けられたのは久々だった。
思い返せば、ここ最近の学校生活は苦痛なことばかりだった。
授業中は消しゴムのカスやゴミが飛んできたり、私だけ授業に必要なプリントを回してもらえなかったりしたから。
普通に授業が受けられることのありがたさがわかる。

そうして四時間目までの授業が済み、給食の時間も終わると、三人組はまっすぐに私の机に向かってきた。
授業中やその合間に、だいたいの話は聞いたのだろう。

「葉月さん、ちょっと来てくれる?」

七瀬さんは緩く巻いた茶色い髪をかき上げた。
その怒りを含んだ声に、私の心臓が悲鳴をあげる。
神楽くんが昼休みに来ると言ってたので、教室から出ていくことはできない。
断らなくちゃ。
だけど、今まで彼女たちにされたイジメを思い出すと、喉がきゅっとしまって何も言えなくなってしまう。

「おい、聞いてんのかよ」

美並さんが私の椅子をつま先でこづく。
早乙女さんも同じようにして、声を荒らげた。

「神楽くんに構ってもらえて調子乗ってんじゃねーの」

返事ができない。怖い。

「いつまで黙ってんだよ! きららを無視するわけ!?」

我慢の限界がきたのか七瀬さんが思いっきり手を振り上げた。
――叩かれる! だけど、怖くて体が石のようになって動かない。ぎゅっと目を閉じる。

「わり、遅れた」

――七瀬さんの手は私に届かなかった。
声の主は、神楽くん。
七瀬さんの振り上げた腕を、止めてくれている。

「神楽くんっ」
「こんなときに限って先公から呼び出し。でも、間に合ってよかったよ」

彼は七瀬さんの腕を離すと、汚いものでも触ったかのようにズボンで拭いた。
それを見た七瀬さんは、顔を真っ赤にして震えている。

「ちょっと、神楽くん。なんで葉月なんかと絡んでるわけ!?」
「そうだよ。今まで女子とは誰とも話してなかったじゃん!」
「きららが可哀想と思わないの!?」

矢継ぎ早に神楽くんに話しかける三人組。
彼は「ちっ」と舌打ちをした。

「俺が誰と絡もうがお前らに関係ないだろうが。それに、俺とこいつは付き合ってるんだから絡むのは当然だろ」

神楽くんは私の肩にぽんっと手を置く。

「そんなの嘘よ! 葉月なんかのどこがいいわけ!?」
「きららの気持ち知ってるのに、ひどい」

早乙女さんと美並さんが訴えるが、神楽くんが「ぎゃんぎゃんうるせぇ、いい加減にしろ」とすごむと、ふたりは怯えたように目を伏せた。

神楽くん、本当は不良なんかじゃないんだろうけれど、この気迫というか雰囲気は……やっぱりすごい。
七瀬さんは私の方を勢いよく指さした。

「こんなブス……神楽くんとは釣り合わない! きららの方が可愛いのに!」

面と向かってブスと言われた。私の胸にはまるでナイフが突き刺されたような痛みが走る。
ブスなんてこと、自分でもわかってる。だけど、他人にはっきり言われるのは……辛い。
目の奥がつんとして、熱くなってくる。だめだ、泣いちゃいけない。
神楽くんだって、本当はこんなブスと演技でも付き合ってるなんて思われたくないはずだ。
申し訳なさから彼の顔をうかがう。
彼は……嗤っていた。

「葉月がブス? 冗談だろ。俺の彼女がブスなわけないっつーの。ていうか、人の容姿をごちゃごちゃ言うお前らの性格のがブスだろ」
「――なっ! うちらがブス?!」
「ああ。顔はメイクができるけど、性格のブスだけは隠せない。可哀そうに」
「……ひどい。きらら、神楽くんのことを思って……言ってるのに……」

七瀬きららは耳まで真っ赤にして震えている。彼女のこんな顔を見るのは初めてだ。

「俺のこと思ってるならさー、俺の彼女にブスなんか言う? それって何も思ってなくね? もうちょっと人の気持ち考えろよ」
「…………っ!」

神楽くんの言葉に、誰も、何も、言い返せない。

「おい、行くぞ」
「う、うん……」

私は神楽くんに連れられて、教室を出た。
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