天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「ばぶっ、あうー」
「ハイハイさせたことを怒ってるんですね。でも怒ってもダメです。これはあなたのためなのです」
「ばぶぶっ。あー!」
「文句を言ってもダメです。今日はしっかり言わせてもらいます」

 少し厳しい口調で言いました。
 すると青藍の瞳がうるうる(うる)みだします。
 青藍は抱っこをせがむように手を伸ばしてきますが、ダメです。今日はここで抱っこしません。

「いいですか、青藍。甘えている場合ではないのです」
「あいあ〜。うっ、うっ……」
「泣いている場合でもありません」
「あうう〜〜〜」

 ……泣き崩れてしまいました。
 青藍はうずくまるように丸くなって、ちゅちゅちゅちゅっ。指を吸いながら「うっ、うっ」と嗚咽(おえつ)を漏らしています。
 私は困ってしまいましたが、その時。

「ただいまー! ははうえ、たたいまー!」
「今帰った」

 正門から紫紺と黒緋の声が聞こえてきました。鍛錬から帰ってきたのです。

「おかえりなさい! 今そちらに行きます!」

 私は土間(どま)から声をあげました。
 うずくまっていた青藍もぴくりと顔をあげます。まだグズグズ泣いていますが自分も連れていけというのです。

「あいっ。あいっ」

 手を伸ばして抱っこをせがむ青藍に苦笑してしまう。
 さっきまで怒られていたのを分かっているんでしょうか。

「はいはい、分かっていますよ。でもお説教は後でちゃんとしますからね」
「あう〜」
「あう〜、ではありません。甘えてもダメですからね」

 そう言いながら私は青藍を帯紐でおんぶしてあげました。
 でも立ち上がってふと気づく。

「あ、どうしましょう……」

 水仕事をしていたので私の顔も着物も土で汚れていました。
 できれば着替えたいけれど黒緋と紫紺を早く出迎えたいです。しかも紫紺が「ははうえー!」と私を呼んでいます。

「はい、今行きますよー!」

 私は手早く土を払うと土間(どま)を飛びだして正門へ向かいました。
 正門には黒緋と紫紺がいます。
 紫紺は私を見ると嬉しそうに駆けてきました。

「ははうえ、ただいま! きょうもオレ、すごかったんだぞ!」
「お帰りなさい。今日も頑張ったんですね」
「うん、きのうよりもっとつよくなった!」
「ふふふ、頼もしいですね」

 いい子いい子と頭を撫でてあげました。
 おんぶしている青藍も短い手足を伸ばしたり縮めたりしてはしゃいでいます。兄上が帰ってきて嬉しいのですね。
 私は黒緋を見つめました。
 鍛錬は順調のようですね。黒緋も紫紺も楽しそうです。
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