愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 実際、結婚してからの日々も雅は必要最低限の会話しかしないからとても楽だった。清隆の帰りが遅くても何も言わない。いちいち自分の話をしてくるようなこともない。雅との生活は驚くほど楽だった。

 初めて早くに帰宅した今日も、雅は食事のことを気にして話しかけてはきたが、清隆が必要ないと言えばすぐに納得して引いてくれた。本当に恐ろしいほど物分かりのいい人だ。

 結婚直後から複数の業務に追われて忙しくしていた清隆は、久しぶりにできた今日の時間をゆっくり過ごそうなんて考えていたのだ。雅のことも放っておくつもりだった。

 けれど、ずっと清隆の言うことに従い、平穏な生活を送らせてくれる雅に、少しくらいは夫としての義務を果たしてもいいだろうと考え直した。だからこそ寝室に誘ったのだ。彼女も子供は欲しいだろうから、その協力くらいはしてやろうと思ってのことだった。

 ところが、蓋を開けてみれば、雅は信じられないほどに怯えだす。いつもきれいな微笑みを浮かべて、表情を崩さない彼女が見せるその姿に、清隆は激しく動揺したのだ。彼女という人間がさっぱりわからなかった。

(下手に関わろうとしたのが間違いだったか? 彼女が望んでいないなら、もうその関わりすら持たなくていいだろうか。だが、あの怯え方は普通ではない。精神科にでも連れていくべきか?)

 清隆はなかなか答えの出ない問題にその晩ずっと頭を悩ませていた。
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