愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 清隆が何も言わないのに、雅から口を開くのは通常であれば憚られる行為であるが、昨夜の失態についての謝罪だけはせねばなるまい。

 雅は居住まいを正すと真っ直ぐに清隆を見つめながら、謝罪の言葉を口にした。

「昨晩は申し訳ありませんでした」

 清隆へ向かって頭を下げる。清隆からは「いや」と一言だけ返ってくるが、それが冷たく感じられて雅はまだ頭を上げられない。そのままの姿勢をキープしていれば、清隆から続く言葉が発された。

「あのあとは平気だったか?」

 雅を非難する言葉ではなく、まるで雅を心配するかのようなその問いかけに、雅は驚きつつも、それに答えるべく頭を上げて再び清隆へと目を向ける。清隆は眉間に小さく皺を寄せており、やはり雅のことを快く思っていないことが見てとれる。清隆の鋭い視線にひるみそうになるが、清隆の問いへと答えるべく、雅はその口を開いた。

「はい」
「そうか」
「本当に申し訳ありませんでした」

 もう一度雅が頭を下げれば、清隆は思ってもいない言葉をかけてくれる。

「気にしなくていい。いいから今は食事をしなさい」

 声音はやはり冷たく感じられるが、雅を気遣ってくれているとわかるその言葉に、雅は反射的に顔を上げる。清隆はもう雅のほうを見てはおらず、表情はいつも通りのそれに戻っていた。

 清隆がどういう気持ちで気遣うような言葉を言ってくれたかはわからないが、ほんの少しでも彼の優しさを感じられた気がして、雅は「ありがとうございます」と心の底からの感謝の言葉を口にした。

 清隆はそれに軽く頷くだけであとは何も言わなかったけれど、そのあとの空気は不思議と悪くはなかった。
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