愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 挨拶をし終えたあとは一息つこうと、二人とも少し脇のほうへと寄った。そこで清隆が雅に話しかけてくる。

「驚いたな。君は結婚式の出席者を全員覚えているのか?」

 結婚式へ参加してくれていた人らには、そうとわかった上で雅が挨拶をしていたから、そのように問うてきたのだろう。

 だが、さすがに全員を覚えているわけではない。主要な参加者のことは覚えていたけれど、それ以外の人についてはあとから情報を得て、記憶と結びつけたのだ。鳴海や義母に知っておくべき人のことを教えてもらい、知識として頭に入れていたに過ぎない。

「いえ。全員というわけでは。大事な取引先の方や関わりのあるご親族については、鳴海さんやお義母さまに教えていただきました」
「そんなことをしていたのか?」

 清隆のその台詞に責められていると思って心臓を握り込まれたような心地になる。妻として今後関わるであろう人に何か粗相があってはいけないからと、覚えるようにしていたが、清隆にしてみれば余計なことだったのかもしれない。雅は頭を下げるのはこの場にはそぐわないと思い、目線と言葉で謝罪の意を示した。

「差し出がましいことをして申し訳ありません」
「いや、責めているわけではない。感心したんだ。君は、お嬢様育ちで、ただ笑って暮らすことしかできない人なのだと思っていたから」

 清隆の言葉に驚く。まさか称賛の意味があるとは思っていなかった。聞く人が聞けば、今の清隆の言葉は嫌味に聞こえるだろうが、雅にとっては誉め言葉にしか聞こえなかった。最後の台詞でさえ、雅のことをよく言い表していると思ったから、雅はただ微笑みで返した。

 父からはいつも女はただにこにことしていればいいと言われ、雅はそれに従うように、笑みを浮かべることが癖づいている。もちろん状況に応じて表情を変えることはあるが、笑顔でいるのが基本だ。そして、それは今も例外ではない。清隆の言葉に驚きはしたが、一分の隙もないきれいな笑みを浮かべていた。
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