彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
砕かれた夢とココア
私は音大のピアノ科に通っている。将来はピアニストになるのが夢だった。
ホテルのラウンジやバーで演奏するラウンジピアニストの母、玲子の影響が大きい。
母はいつも楽しそうにピアノを弾いていた。ピアノが好きで、その好きなピアノを仕事にしている母はとても輝いていた。
朝は弱く、髪はボサボサ。料理はもちろん、家事は掃除以外ダメな人だが、ピアノを弾く時は全くの別人になる。
小柄だけれど、美人でスタイルも良く、透き通るような肌に長い手足。ステージドレスに着替え、グランドピアノに向かう。それだけで場の雰囲気は一変し、全てが母のために用意されたもののように見えてしまうのだ。
そんな母によって紡ぎ出される音色は別格とも言える。
私はその音色が好きだった。幼い頃から触れてきたピアノという存在は、私の全てになっていた。

希望する大学に入学し、全てが順調だった。
けれど、2年生の夏休み、コンクールに向けて毎日毎日何時間も練習していたある日、突然音が二重に聞こえた。その日から耳に違和感を覚え、大学近くの耳鼻科を受診すると、突発性難聴と診断された。目眩も伴っていることから重症だと判断され、医師の指示でベリが丘総合病院に転院した。想像よりも深刻な状況だったのだ。すぐに入院し、一週間の点滴治療を受けた。
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