彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
意想外
嫌な予感は取り越し苦労だったかのように時は流れ、永峰電気工事店の社員として3年が過ぎた。紺色の作業着も様になってきたと思う。後輩もできた。

梨香さんは無事男の子を出産した。名前は雅昭(がしょう)くんだ。みんなから "がっちゃん" と呼ばれている。がっちゃんは梨香さん似で、目がくりっとしていてとても可愛い。
梨香さんは育児休暇を終え仕事に復帰したが、家庭に比重を置いた働き方をしている。
総務課長自らが先陣を切って働き方を改革しているのだ。
そんな梨香さんから、お願いされていることがある。

がっちゃんが2歳の誕生日を迎えた日、

「美音ちゃん、お願いがあるの。雅昭にピアノを教えて欲しいんだけど……無理にとは言わない。できることなら、私は美音ちゃんに教えて欲しいって思ってる」

その時の梨香さんの恐縮した表情は今でも忘れられない。ピアニストを諦めた私の事情を知っているから。
でも、私はピアノを嫌いになったわけではない。今も、毎日ピアノには触れている。なんだかんだ言って、ピアノは私にとって必要なものなのだ。

「喜んで」

「いいの?」

「もちろんです」

梨香さんの安堵した表情も忘れてはいない。

私は毎週土曜日、朝戸家にお邪魔してがっちゃんにピアノを教えている。
"教える" というよりも、" 遊んでいる" といった方が正しい。
がっちゃんがピアノを好きになり、自ら鍵盤に触れてくれるようになるのが一番だからだ。
今のところ、私の膝の上に座り、鍵盤を弾くのが気に入っているようだ。

がっちゃんは私のことを「みょんちゃん」呼ぶ。本人は「みおんちゃん」と言っているのだろうと思うと可愛くて仕方ない。

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