彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
晩秋を迎え、想定通り忙しさがピークを迎えている。
夜になれば、社員が設置したイルミネーションが、あちらこちらで輝きを放つ。 
電気工事士は、今日もチームに分かれ現場で作業中だ。

ホテルデュスイートベリが丘には、社長をはじめ6名が作業にあたっている。
午後の就業が始まって間もなく、事務所の電話が鳴った。ディスプレイには永峰社長と表示されている。

「お疲れ様です桃園です」

「あぁ、美音ちゃん、今からホテルに来られるかい?届け物をして欲しいんだ」

「はい、何を届ければよろしいのですか?」

「Pボックスを持って来て欲しいんだ。軽の商用バンで業者用の入口から入っておいで。警備員には伝えておくから。駐車場に止めたら連絡くれるかな?」

「了解しました。準備してすぐに出ます」

「気をつけて来るんだよ」

「はい」

Pボックスには、様々な種類のプラグが収められている。私はボックスを軽の商用バンに乗せ、ホテルまでハンドルを握った。
大学卒業前に取得した運転免許証がとても役に立っている。

ホテルに到着し、業者が出入りする通路へ向かった。駐車場の入口で警備員に声をかけ通してもらい、指定された番号の駐車場に車を止めた。

エンジンを切り、すぐさま社長に電話を入れる。

「着いたかい。裏口にいる警備員には話をしてあるから、声をかければすぐに通してくれるはずだよ。中に入ったら、バックヤードのエレベーターを使ってロビー階までおいで」

「わかりました」

車を降り、Pボックスを抱えて裏口に向かう。
警備員に声をかけると、作業着のネームタグを一瞥し、お疲れ様ですとロックを解除してくれた。
駐車場のある地下3階から、エレベーターを使いロビー階までやって来た。
バックヤードの通路を進んでいく間、数人のホテルスタッフが同じようにお疲れ様ですと声をかけてくれたので、私も同じように返し会釈を交わした。そんな中、私の脳裏には若き日の父と母の姿が浮かんだ。この通路で母はプロポーズしたのかなぁなどと両親のやりとりを想像し、思わず顔がニヤけてしまった。

「美音ちゃん、何か良い事でもあったのかい?」

顔を上げると、私より緩んだ表情の社長がこちらに向かって歩いて来る。

「お待たせしました」

Pボックスを差し出すと、私の手から受け取った。

「ありがとう、助かったよ。美音ちゃん、少し表を覗いてみるかい?」

「いいんですか?」

社長は穏やかに頷いた。
< 39 / 151 >

この作品をシェア

pagetop