陽之木くんは、いつもそうだ。
 そのときふと、校舎の窓に映る近くのビルの看板が目に入った。 歯医者の看板で、端にQRコードが載っている。
 そういえば、と思ってポケットから渡されたカードの封筒を取り出した。 ウキウキボウルのロゴの横に小さなQRコードが印字されている。 この配置からしても店のQRコードだと考えるのが妥当、だけど……。
 私はスマートフォンのQRコードのアプリを立ち上げ、読み取ってみる。
 すぐに出てきたURLをタップした。
 それは、三分ほどの動画のリンクだった。
 サムネイルは真っ暗で、なんの動画かはわからない。
 ウキウキボウルのCMかなにかだろうか。
 私は首を捻りながら、動画の再生ボタンを押した。
 すると、真っ暗な画面から、声がした。
 
「ちーのちゃん」
 
 小さな画面から聞こえた脱力した声に、私の中に閉じ込めていた何かが、プツンと破裂した。

「……うそ」

 口からこぼれたのは、私の願望だった。
 やめて。 お願い。
 ……耐えられない。
 私、多分、耐えられない。

 そして画面に光が差した。
 画面を暗くしていたその人の手が退けられると、その姿が映し出されて、徐々にピントが合う。
 私の願望も虚しく、その人と目があってしまった。
 三月の高い青い空にも負けない、爽やかな笑顔。

「……陽之木くん」

 私の手から滑り落ちたスマートフォンが地面に仰向けになり、その画面に空を反射させた。
 空の中の彼はスゥ、と息を吸った。

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