星が歌ってくれるなら ~ハープ奏者は愛をつまびく~
星を拾った夜
 淀んだ夜の中で、彼だけが異質だった。



 空は雲で濁り、本来の色とは違っていた。月も星もないそれはまるで偽物のようで、街灯りを反射して薄明るい様はもはや夜空とは呼びたくなかった。

 地上の星は結局は人工の光でしかなくて夜空の代わりにはならないし、そんなものを上から見て喜ぶのはのぼせ上ったカップルだけで、地上に置いてけぼりになっている彼女の心を満たすものではなかった。

 及川(おいかわ)さん、結婚するんだって。
 久しぶりに飲みに行った同僚の声が蘇る。

 ふうん、そう。
 無関心を装った返事は、同僚にはどう届いたのかわからない。

 外国の美女だって。バイヤーだとそういうこともあるよね。

 及川は10歳上の先輩で、元カレだ。
 三年前に別れた。
 アパレルショップの店長の自分と、全国だけでなく外国までも飛び回るバイヤーの彼とは次第にすれちがい、溝を埋めることもできずに別れを選択した。
 その彼が、結婚するという。

 私たちも考えないとね。もう29歳なんだから。

 そう言う同僚には長年つきあっている彼氏がいる。そのまま彼と結ばれて幸せな道を歩むことだろう。

 対する自分は。
 泥の中にはまりこんだような自分を思い、息を吐いた。暗く重い息なのに、肺から出た瞬間に無色透明になって空気に溶け込む。

 二人だけの飲み会がお開きになったあと、まっすぐ帰りたくなくて、駅を出たら家とは反対方向に歩いた。
 駅前は小さな公園のように噴水が設けられている。それは夜だからなのか壊れたからなのか水を出していなかった。

 青年はそのふちに腰掛けていた。
 のしかかるような夜に、彼だけが輝いて見えた。

 まるで本物だ、と見た瞬間に思った。

 なにがどうなったら本物なのかはわからない。どうしてそういう印象になったのかもわからない。

 彼こそが地上の星だ。

 直後に、自分の表現の陳腐さに笑いがこみあげてくる。
 だけど、とまた思う。
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