セレブ御曹司の恋を遠巻きに傍観するはずだったのですが。 ~能面顔の悪役令嬢は、それでも勘違いに気付かない~
 ふう~。

 これで安心して使用できると、胸を撫でおろしたその瞬間。隣りから、強い視線を感じた。


――見ている。


 あの杵築裕也が、私のウエットティッシュを、凝視している。

 私は気付かないふりをして、ササッとウエットティッシュを仕舞おうとした。――その腕を。
 杵築は手で制止してきた。


「おい。」


 私は、ギギギ、と音を鳴らすブリキ人形のように、固まった体を杵築に向けた。


「――それ。」


 杵築は、目線で、ウエットティッシュを示した。


 目が言っている。自分にも寄越せ、と言っている。「おい。それ。」で物を渡して貰えると思うとは、こんな幼少期から何たる俺様ぶりだろう。


――だけれども。


 私は瞬時に計算した。
 ここで拒否して、杵築に悪い印象を与えるのは相当でない。ササッと渡しておけば、それだけで終わる話だ。

 私は、ウエットティッシュを一枚素早く取り出して、無言で杵築に上納した。
 杵築は、お礼すら言わなかったけれど……。


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