Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
プロローグ “ブルームーン”は突然に

それは、夏本番に突入した7月下旬のとある一日。
昼間の灼熱を引きずる、蒸し暑い夜のことだった。

私、宮原茉莉花(みやはらまりか)は弾む息を整え整え、地下へと続く雑居ビルの外階段を足早に降りていた。

シルバーの飾り文字で“Blue Moon”とだけ書かれた黒いドアの前で立ち止まり、カバンからハンカチを取り出す。
吹き出した額の汗をぬぐい、肩先で跳ねるストレートの黒髪を手早く整え――そしてもう一度後ろに誰もいないことを確かめてから、そっと中に入った。

途端。
店内の冷気が全身を包み、熱くなった肌をクールダウンしてくれる。
私はホッと、肩から力を抜いた。


「いらっしゃいませー」

ランタンを模したオレンジ色の照明に浮かび上がる店内にはアンティーク調の円卓がいくつか並び、隅のグランドピアノでは男性が繊細なタッチでジャズを奏でている。

私は音楽の邪魔にならないようパンプスの音を忍ばせつつ、金曜の夜らしくそこそこ埋まった円卓の間をすり抜けて、カウンターへ近づいて行った。

「こんばんは」
木製のスツールに腰をおろして笑いかけると、グラスを拭いていたスタッフが「また来たのかよ」と顔をしかめた。

「何よぉ、弟がみなさんに迷惑かけてないかなって心配するのは、姉として当然でしょ?」
「かけてねぇし。つか、暇すぎだろ金曜の夜に。男作れよ。あ、できねーのか。まずは就活中の大学生にしか見えないその見た目、何とかしないとな?」

グレーのスーツ姿(ヘビロテアイテム)を弟・宮原柊馬(みやはらしゅうま)にバッサリ切って捨てられて、ムッと唇が尖る。

「お気に入りなのよ、放っといて」
「違う違う、服じゃなくてさ。雰囲気? 色気っつーの?」

「うっさいな! 色気皆無で悪かったわね」

そんなの本人が一番分かってるわよ、言われなくても!

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