三十路アイドルはじめます
7.いっそ見た目通り恋愛経験豊富だったら、こんな惨めになっていません。
3人娘がレッスン中なので、私はとりあえずハローワークに行くことにした。
エレベーターを降りたところで、明らかに男1人と女2人が揉めている。
「最低! 二股かけてたなんて」
女子大生くらいに見える女の子は号泣していて、同じく大学生くらいの男はうんざりした顔をしていた。
「はあ、うるさいな。あの俺、もうここのバイト辞めますんで」
「ちょっと待ってよ。急に辞められると困るって」
私より年上に見えるスーツを着た女性が引きとめようとするも、振り切って男の子は去っていった。
「もう、顔も見たくないから来んなバカ!」
男の子の後ろ姿に、女子大生風の女の子が叫ぶ。
自分もあれくらい雅紀に言ってやればよかったと思いながら見つめてしまった。
「どうしよう。私、今日、用事があるのに代わりのバイトがいない⋯⋯」
頭を抱えるスーツを着た女性は明らかに、二股男が急にバイトを辞めたことで困ってそうだ。
「あの、もしかしてアルバイトを探していたりしますか? 新しい方が見つかるまで私にできるような仕事でしたらやりましょうか」
正直、なんのバイトかは良くわからないが、 若くていい加減そうな二股男にできるのなら社会人経験8年の私にもできるかもしれない。
「本当に! まじ、感謝します。私、ここのビルの3階にある『メディサテライト』で働いている成田真美子っていうの」
「私は梨田きらりと申します」
「梨田さん、とにかく時間がないから急いでついて来て」
成田さんは私を連れてエレベーターに乗り、3階のボタンを押す。
先程の泣いている女の子もついてきた。
「ねえ、元気だそ! 私も昨日14年付き合った彼に振られて、仕事も失ったんだけど元気にしているよ。今、髪もバッサリ切って新しい人生のスタートを切ろうとしているところ」
私は泣いている女の子を元気づけようとして言うと、泣いている女の子がスッと泣くのをやめた。
(お、元気になったか?)
「14年って人生の半分以上じゃん。本当に失恋して髪切る人いるんだ⋯⋯」
エレベーターが3階で止まると、そそくさとその子は薬剤師国家試験専門予備校『メディサテライト』に入って行った。
成田さんが私を憐みの目で見つめていたので、私は謎の言い訳をした。
「私、30歳だから14年付き合っていても人生の半分以上じゃないんですけどね」
「三十路なの? 女子大生くらいかと思った」
「ありがとうございます。アイドル目指してます」
私の返事に爆笑している成田さんを見て、30歳がアイドルはやっぱり辞めた方が良いと再認識した。
「じゃあ、早速時間がないから仕事の説明をするね。ちなみにさっきの女の子は内定が出てるけど国試に落ちちゃった南野環奈ちゃん25歳」
どうやらここは薬学部を卒業したが、薬剤師国家試験に落ちて浪人している子たち向けのサテライト予備校のようだ。
私は南野環奈ちゃんを見て、25歳の頃の雅紀を思い出していた。
雅紀も何度も試験に落ちて浪人していて、私はその間に社会人になった。
浪人生というのは学生気分が抜けなくて、ああいった感じに公の場で感情を露わにする。
私は社会人になってから自分を抑えるようになったが、雅紀は学生気分を引きずっている期間が長かった。
外で不機嫌になって喧嘩をふっかけられたりした時、私はしばしば彼の幼さを感じていた。
幼くて頼りないと思っていたくせに、私は「オカン化」して彼の変化に対処してしまった。
「薬剤師国家試験の専門予備校なんてあるんですね。私、製薬会社に勤めていたんですけど、その職歴は何か役に立つでしょうか?」
「いやあ、どうだろう。ここはサテライト教室で、やることはスイッチ押して教室に映像が流れているか、この小さい画面で確認するだけ。あとはテストの時はテストを配って回収する。それで、この機械で自動採点して順位表を教室に貼り出す。基本やることはそれだけなの。1人体制で受付と事務をやって、午後2時に交代することになっているの。今日は私が午前で、さっきの二股男が午後だったんだ」
どうやら前職の経験や知識が役に立つことはなさそうだ。
「そんな楽な仕事あるんですか?」
「楽だけど1人体制だから、ここから離れられないのよ。二股男は行政書士の勉強をして時間を潰をしてたよ。ネットも使えるし、スイッチ押したら好きに過ごして。まあ、最低賃金だけど許してね」
二股男が意外と真面目な子で驚いた。
それにしても、資格試験の勉強をしている事実くらいで二股男への見方を変えるなんて、私は本当にバカな女だ。
(こんな単純だから雅紀にも騙されるのね)
エレベーターを降りたところで、明らかに男1人と女2人が揉めている。
「最低! 二股かけてたなんて」
女子大生くらいに見える女の子は号泣していて、同じく大学生くらいの男はうんざりした顔をしていた。
「はあ、うるさいな。あの俺、もうここのバイト辞めますんで」
「ちょっと待ってよ。急に辞められると困るって」
私より年上に見えるスーツを着た女性が引きとめようとするも、振り切って男の子は去っていった。
「もう、顔も見たくないから来んなバカ!」
男の子の後ろ姿に、女子大生風の女の子が叫ぶ。
自分もあれくらい雅紀に言ってやればよかったと思いながら見つめてしまった。
「どうしよう。私、今日、用事があるのに代わりのバイトがいない⋯⋯」
頭を抱えるスーツを着た女性は明らかに、二股男が急にバイトを辞めたことで困ってそうだ。
「あの、もしかしてアルバイトを探していたりしますか? 新しい方が見つかるまで私にできるような仕事でしたらやりましょうか」
正直、なんのバイトかは良くわからないが、 若くていい加減そうな二股男にできるのなら社会人経験8年の私にもできるかもしれない。
「本当に! まじ、感謝します。私、ここのビルの3階にある『メディサテライト』で働いている成田真美子っていうの」
「私は梨田きらりと申します」
「梨田さん、とにかく時間がないから急いでついて来て」
成田さんは私を連れてエレベーターに乗り、3階のボタンを押す。
先程の泣いている女の子もついてきた。
「ねえ、元気だそ! 私も昨日14年付き合った彼に振られて、仕事も失ったんだけど元気にしているよ。今、髪もバッサリ切って新しい人生のスタートを切ろうとしているところ」
私は泣いている女の子を元気づけようとして言うと、泣いている女の子がスッと泣くのをやめた。
(お、元気になったか?)
「14年って人生の半分以上じゃん。本当に失恋して髪切る人いるんだ⋯⋯」
エレベーターが3階で止まると、そそくさとその子は薬剤師国家試験専門予備校『メディサテライト』に入って行った。
成田さんが私を憐みの目で見つめていたので、私は謎の言い訳をした。
「私、30歳だから14年付き合っていても人生の半分以上じゃないんですけどね」
「三十路なの? 女子大生くらいかと思った」
「ありがとうございます。アイドル目指してます」
私の返事に爆笑している成田さんを見て、30歳がアイドルはやっぱり辞めた方が良いと再認識した。
「じゃあ、早速時間がないから仕事の説明をするね。ちなみにさっきの女の子は内定が出てるけど国試に落ちちゃった南野環奈ちゃん25歳」
どうやらここは薬学部を卒業したが、薬剤師国家試験に落ちて浪人している子たち向けのサテライト予備校のようだ。
私は南野環奈ちゃんを見て、25歳の頃の雅紀を思い出していた。
雅紀も何度も試験に落ちて浪人していて、私はその間に社会人になった。
浪人生というのは学生気分が抜けなくて、ああいった感じに公の場で感情を露わにする。
私は社会人になってから自分を抑えるようになったが、雅紀は学生気分を引きずっている期間が長かった。
外で不機嫌になって喧嘩をふっかけられたりした時、私はしばしば彼の幼さを感じていた。
幼くて頼りないと思っていたくせに、私は「オカン化」して彼の変化に対処してしまった。
「薬剤師国家試験の専門予備校なんてあるんですね。私、製薬会社に勤めていたんですけど、その職歴は何か役に立つでしょうか?」
「いやあ、どうだろう。ここはサテライト教室で、やることはスイッチ押して教室に映像が流れているか、この小さい画面で確認するだけ。あとはテストの時はテストを配って回収する。それで、この機械で自動採点して順位表を教室に貼り出す。基本やることはそれだけなの。1人体制で受付と事務をやって、午後2時に交代することになっているの。今日は私が午前で、さっきの二股男が午後だったんだ」
どうやら前職の経験や知識が役に立つことはなさそうだ。
「そんな楽な仕事あるんですか?」
「楽だけど1人体制だから、ここから離れられないのよ。二股男は行政書士の勉強をして時間を潰をしてたよ。ネットも使えるし、スイッチ押したら好きに過ごして。まあ、最低賃金だけど許してね」
二股男が意外と真面目な子で驚いた。
それにしても、資格試験の勉強をしている事実くらいで二股男への見方を変えるなんて、私は本当にバカな女だ。
(こんな単純だから雅紀にも騙されるのね)