三十路アイドルはじめます
「すみません。渋谷さんのプロポーズが本気でも冗談でも私には受け入れられません。私は今後誰かを好きになる予定はありませんし、誰かと結婚したいとも思ってません」

 私は正直に渋谷さんに自分の思いを告げた。
 過去、これ程何を考えているか分からない相手がいただろうか。
 昨日会ったばかりなのにプロポーズしてくるなんて揶揄われてるとしか思えない。

「でも、僕は梨田さんを諦められません。初めて見たあなたは泣きそうな顔をしていた。次に見たときはイキイキと歌っていた。時に迷惑を掛けられたはずのルナを気遣っていた。髪を切った後、耐えきれなくなっただろう涙を流すあなたを見て僕は一生梨田きらりを守りたいと思ったんです」

 真剣な表情で、私に訴えかけている彼に心が揺れた。

 私は14年付き合って尽くした相手に捨てられて、今、全く恋愛をする気がない。

 目の前で会ったことのないような素敵な人に求婚されてても恐れの方が先立ってしまう。
 しかも、彼は私が見られたくない姿を全て見ている。
 できれば、もう彼とは関わりたくないのが本音だ。

「渋谷さん。本気にしろドッキリにしろあなたのプロポーズを受け入れることはありません」
 私の言葉に渋谷さんは一瞬悲しそうな顔をすると、また微笑んでポケットからネックレスを取り出した。

 私の後ろに回って静かにそのネックレスをつけてくる。
 よく見るとその花のような形をしたネックレスは何十万円もする高価なハイブランドのものだ。

「昨日、誕生日だったんですね。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。でも、プレゼントなんて頂く仲ではないですよね」

 私はこんなプレゼントを貰っても困ってしまう。
 つけていくような場所もないし、渋谷さんがどういう意図でくれているのかも分からない。
 彼のような誰が見ても完璧な人に思われるような人間ではないと自分でわかっている。

「僕が梨田さんが生まれたことに感謝したいんです。会社も辞めてしまったのですね。ルナが謝りたいと言ってました。でも、僕は彼女とあなたを会わせたくありません。ルナを見たら富田雅紀をあなたが思い出しそうで」

 私にネックレスをつけた体勢のまま、私の首に顔を埋めて渋谷さんが語り出した。

「私に惹かれていると思うのは渋谷さんの錯覚だと思いますよ。昨日の今日でするような恋は明日には忘れます」

 私に一目惚れと寄ってきた男を追い払うと、すぐに他の女ところにいっていた。
 渋谷さんが彼らと同類とは思わないが、可哀想に見える私に同情しただけだ。

 私は何もかも持ってそうな彼と上手くいく未来も、恋する未来も見えない。

 そんな風に考えていたら、いつの間にか私は抱きしめられて彼にキスをされていた。

「忘れません。一瞬で僕の心を奪ったあなたは僕のアイドルです」
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