三十路アイドルはじめます
「え、どうして?」
「生徒もお昼休みだからか、こっちを見ているのが気になる⋯⋯私の彼氏と間違われたら嫌でしょ。私も嫌だし」

 私は見た目が派手で遊んでいるように見られる。
 だから、生徒さんから三十路女が年下の若い子を誑かしてるように見られてそうで怖かった。

「俺は嫌じゃないけど、きらりが嫌なら午前シフトの時は13時以降に来るね」
「林太郎の仕事ってそんなに自由が効くの? 外回りの営業とか?」
「⋯⋯うん、そんなとこかな」

 時間まで合わせてもらって、奢ってもらって自分が何様だという気分になってきた。
 私も彼と話すのは息抜きになるし、友人関係を維持するなら奢ってばかり貰っては良くなさそうだ。

「林太郎、今日と昨日いくらかかった? やっぱり自分の分はちゃんと出すよ」
「え、いいよ。俺、男だし奢らせて」
「何、そのジェンダーバイアス! それだったら年上の私が奢るわよ」

 経済的に厳しい時だが、買ってきてもらう手間賃を考えたら私が奢っても良い気さえしてきた。

「俺が奢る! 最初に約束したでしょ。あのさ、俺のこと対等に見て欲しいんだけど」

 私は林太郎の言葉に息を呑んだ。
 確かに、友達といいながら、年下扱いして偉そうにアドバイスしたり奢ろうとしたり私は間違ってたかもしれない。

「ごめん。じゃあ、奢って林太郎。実は金欠でとても助かってるの」

 私が言うと林太郎は歯を出して嬉しそうに笑った。
(めちゃくちゃ可愛いな、おい!)

「きらりは、普段、家で何をしてるの?」
「スポーツ観戦しながら、筋トレしているかな」
 私の返しに林太郎が爆笑している。
(本当に彼はよく笑う⋯⋯ハッピーオーラに癒されるわ)

 私はスポーツ観戦みたいな本気のやりとりが好きだ。
 『フルーティーズ』をプロデュースする以上、視野を広げるべきとは分かっている。

「そうだ! 今日、この仕事後って時間ある?」
「ない。この後は上の階の芸能事務所に行って、その後ハローワークに行くから」
 今日は平日なのに林太郎は遊びに行こうとでも思ってたのだろうか。
(ここは、年上として社会人の心得を彼に伝えといた方が良い気がする)

「あのね、林太郎。私、20代はなんとなく仕事してきちゃったの。そんな適当な時を過ごしたせいか辞めた時、会社になんの未練もなかった。20代は働き盛りなんだから、仕事をもっと真剣に必死に頑張った方が良いよ」
 林太郎には私を反面教師にして、しっかりと仕事に取り組んで欲しい。

 人生は1度きりで過ぎてしまった時は悲しいけれど戻らない。

「俺のこと心配してくれてる? 心配とかされたことないから、なんか新鮮。きらりは芸能事務所になんの用事? モデルでもやってるの?」
 口うるさいおばさんだと思われる覚悟で注意したけれど、林太郎は全く怒らず私の話を聞いていた。

「『フルーティーズ』ってアイドルグループのプロデュースをしようと思っているんだけど知っている?」

「この前、脱退した黒田蜜柑が『イケダンズ』の倉橋カイトと写真撮られてたよね。『フルーティーズ』の子は蜜柑しか知らないや」
 どうやら知名度が一番高い子が抜けてしまったのが、今の『フルーティーズ』らしい。

「写真って何? にゃんにゃん写真でも撮られたの?」
 私の言ったことが余程変だったのか、林太郎はお茶を器官に詰まらせてむせていた。

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