三十路アイドルはじめます

12.あいつは財産目当てだ。(ルナ視点)

 私は今日離婚して、また柏崎ルナに戻った。

 富田雅紀は私が初めて付き合った人だった。

 高校までデブだった上に引きこもり気味だったから、男の人と付き合う自分を想像できなかった。
 念願の音大に合格して、私は50キロのダイエットをした。

 ピアニストとして有名になりたかったから、醜い見た目のままではダメだと思った。
 音大に入って、周りが才能溢れる綺麗な子ばかりで落ち込んだ。

 2年生になり、初めて合コンに誘われた。

 お相手はお医者さんの卵ということだった。
 そこで、出会ったのが富田雅紀だった。
 私はコミュニケーションが苦手だったので、沢山話し掛けてくれて嬉しかった。

「華奢で可愛い!」
 彼が言ってくれた言葉は、デブで虐められ引きこもっていた学生時代を過ごした私にとってはご褒美のようだった。

 連絡先を交換して、最初のデートでプロポーズされた。
 私はその時は結婚を考えるまでの気持ちはなかったけれども、そのようなことを言ってくれる人はこの先現れないかもと思って承諾した。

 両親には猛反対されたが、余計に盛り上がってしまった。
 まるで、『ロミオとジュリエット』の気分だった。

 半ば強引に両親を説得して入籍し、ハワイで2人だけで挙式をあげた。
 ここが私の人生のピークだった。
 ハワイでなんだか気分が悪くなって、調べてみると妊娠していた。

「ここで吐かないでトイレで吐けよ!」
 雅紀から心底ウザそうに言われて、私はショックを受けた。

 洗面所で吐いているとトイレで吐くように促された。
 トイレの臭いがキツくて余計に吐き気が止まらなかった。

 反対していた両親も、家の近くのタワーマンションに結婚祝いにと部屋を買ってくれた。
 本当は人に囲まれるのが苦手な私は、エレベーターが長いタワーマンションは嫌だった。

 でも、雅紀の強い希望でタワーマンションの最上階の部屋を購入してもらった。
 日本に戻ると、今度は吐き気は止まったが食欲が止まらなかった。
 真夜中に冷蔵庫を開けて、買い込んだ冷凍ポテトを解凍してひたすらに食べた。

「妊娠しているからって2人分食べて良いと思ってるの? 最近は小さく産んで大きく育てる。太り過ぎると赤ちゃんが産道を通れないぞ」
 夜中に食べている私を見て、雅紀が呆れたように言った。
(医者の卵の彼が言うから本当にそうなのかも⋯⋯太ったら嫌われちゃうよね)

 出産のために音大を1年間休学することにした。
 ただでさえ、才能がないのに演奏家としての将来が閉ざされたような気分になった。
 実家にいた時のように防音室がないので、ピアノの練習もいつでも出来るわけではなかった。

「今日も、当直だから帰れないわ」
 スマホにはそっけないメッセージが毎日のように届いた。
 雅紀は当直だと言って家にほとんど帰らなくなった。

 私は夢見ていた結婚生活とは違って、孤独な日々を過ごした。
 雅紀が研修しているのは、昔から可愛がってもらっている雄也お兄ちゃんの病院だった。
 軽井沢の別荘が隣同士で仲良くなった雄也お兄ちゃんは、私の見た目が醜くい時も優しくしてくれた。

「新婚なのに、当直ばかりで寂しいから、雅紀の仕事を楽にして欲しい」
 そんな通るかわからない我儘を伝えると、雅紀お兄ちゃんは「そんな毎日当直なわけないでしょ」と返してきた。

 私は荷物をとりに帰ってきた雅紀がシャワーを浴びているうちにスマホを見た。
 ロックさえもしていなかったので、あっさり見ることができた。
 写真フォルダーは超美人な女との写真でいっぱいだった。

 彼女の部屋と思われる狭い部屋で、リラックスして彼女と自撮りする雅紀は幸せそうだった。
 そして、おそらくその女性の誕生日が9月9日で雅紀が約束をしていることを私はメッセージから知ってしまった。
 「大切な話がある」と彼女に伝えていることから、私は彼が私を捨てる気なのではないかと焦った。

 雅紀の浮気相手である「梨田きらり」という名前を検索すると、ラララ製薬の広報としてホームページにも載っていた。

 美人で仕事も持っているのに、何もない私から雅紀を奪おうとするなんてと彼女に憎悪が湧いた。
 ドラマや漫画でよく見る場面のように彼女の会社で彼女の不倫をぶちまけて、彼女を地獄に堕としてやろうと思った。

 大人しい私が自分が自分でないみたいに気がつけば興奮し、彼女の会社で暴れた。
 梨田きらりがエレベーターから降りてくると、そこだけスポットライトが当たったように皆が彼女を見た。

 美しく人目を引く彼女だけれど、若さと親の経済力だけは自分の方が勝っていると思った。
 私は気がつけば思いつく限りの罵詈雑言を並べて彼女を罵った。

 彼女が14年以上雅紀と付き合っていると言った時には動揺した。
 雅紀は私と結婚した時、お揃いのスマホにしていたからそれ以前の写真はなかった。

 彼女に連れられて雅紀の病院に行った時、雅紀は私と彼女を見て、彼女とは顔見知り程度だという演技をした。
 写真から彼女とは深い仲だと私は知っているのに、彼は私にまともに言い訳するつもりもないのだと悟った。

 そして、隣にいる梨田きらりは唇と手を振るわせながら、彼に話を合わせていた。
 私は途方もなく虚しい気持ちになった。

「仕事があるから先帰ってて。それに急に職場に来られると困るよ。そういうホウレンソウはちゃんとしてよ!」
 苛立っている雅紀は早く私を帰らせたそうだった。
 私は、せっかくなので雄也お兄ちゃんに会いに行った。

 雄也お兄ちゃんに事の顛末を話すと心配するように家まで送ってくと言われた。
 エントランスを出た病院前の広場で私は人が恋に落ちる瞬間と、人が壊れる瞬間を見た。

 梨田きらりが、トップアイドルのように踊り歌っていた。
 14年雅紀に尽くしてきて、捨てられた自分を鼓舞するような歌詞は痛々しかった。

 メロディーラインもチャルメラのパクリだった。
 それなのに、周りは皆彼女に釘つけになっていた。

 それは、おそらくモテ続けた挫折を知らない人生を歩んできた雄也お兄ちゃんも例外ではなかった。

 仕事があると言っていた雅紀は梨田きらりを追いたかっただけだった。
 その後、雅紀はひたすらに自分勝手に彼女を離したくない持論を続けた。

 
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