三十路アイドルはじめます

16.じゃあ、俺と一緒に暮らさない?

 ガタン!
 その時、扉を開く音がして薬剤師予備校の生徒である関君が現れた。

「どうしたの? 遅刻だよ?」
 私は遅刻したことがない彼の登場に驚いた。

「父が、倒れました。もう、授業料が払えません。辞めさせてください」
「あと試験まで3ヶ月なのに辞めて大丈夫なの?」

 関君の言葉に私は慌てた。
 試験まであと3ヶ月ちょっとだ。
 独学で大丈夫だと思うなら、皆、最初から予備校など通ってないだろう。

「父に借金があることが分かって、それどころじゃないんです。もう、試験も諦めた方が良いかもしれませんね⋯⋯」
 関君の顔が絶望してて、私は胸が締め付けられた。

「じゃあ、ここのバイトをやらない? この小さい画面で中の授業が見られるし、毎日5千円くらいは貰えるよ。私も忙しくなってきて誰か代わりを探してたんだ」
 私の都合が悪くなって、関君がピンチヒッターとして助けたことにしたら勘繰られることもなさそうだ。

「え! 良いんですか。そんなことができたら助かります」
「じゃあ、私の方から成田さんに話しておくよ。じゃあ、今日からでも変わって。私、今日は時間的に結構厳しかったんだ」

 関君としては今日からバイト代を貰えた方が良いと思って、私はバイトを関君にかわった。
 音楽番組の会場には19時半にはついていなければいけなくて、バイトは19時までだったのでギリギリだったのは事実だ。

 私は林太郎とアイコンタクトを取り、その場を去った。
「ごめん、お昼買って来て貰ったのに。どこか公園ででも食べよっか」

「なんか、きらりってお人好しだよな。今日ってプロデュースしている子たちの音楽番組だよね。きらりも観覧に行ったりするんでしょ。それまで時間あるなら、俺にその時間ちょうだい」

 私は林太郎には自分も『フルーティーズ』のメンバーとしてパフォーマンスをするとは言っていなかった。
(流石に三十路の私が中学生アイドルに混じるとは言えなかったわ)

 私は彼の前では大人ぶっていたので、『フルーティーズ』のメンバーではなくプロデューサーということにしていた。

♢♢♢

 公園で一緒にファーストフードを食べた後、後楽園ドームに連れてこられた。
 なんと見たかったジャパンシリーズが、バックネット裏から見られるらしい

 今日、日本一のチームが決まるかもしれないという大切な戦いだ。

 正直野球を見るのは好きだが、いつも外野席からでこんな近くで見るのは初めてだ。

 バックネット裏のチケットの値段など、チェックしたことすらない。

「バックネット裏から見るなんて初めてなんだけど。チケットいくら? 高かっよね」

「チケットは貰いものだから気にしないで。野球好きだって言ってたよね」
「うん、ありがとう。連れてきてくれて」
野球というか、スポーツ全般が好きだ。
 本気でぶつかり合っている様が心を燃やしてくれる。

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