三十路アイドルはじめます
「あの、いつも色々貰ってばかりで申し訳ないので、何かお返しさせて頂きたいのですが」
「では、今日、きらりの部屋に行っても良いですか?」
 私は自分の発言を後悔した。
(部屋に来られるのは、まだ困る!)

 そして、視線を感じると思ったら運転手がバックミラー越しに私と雄也さんをチラチラと見ている。
(運転に集中してくれ! 事故るわ!)

 私は勢いよく、運転席と後部座席の間のカーテンを閉めた。

「部屋に来るのはダメですよね。私達、そういう関係じゃないじゃないですか」
 確かに雄也さんは私にプロポーズをしてくれて私のことを好きだと言ってくれている。

 私も彼に惹かれているけれど、彼と付き合っている自分が想像できない。

 彼は三十路の私がアイドルをやると言っても嬉しそうにし、私が何を言っても楽しそうに聞いてくれる。

 そんな寛容に接せられることに慣れていないし、それがいつまで続くのか考えると付き合うのが怖い。
 流石に14年付き合った男に最低の振られ方をされた後だから慎重になってしまう。

「絶対にきらりが嫌がることはしません。ただ僕は少しでも長くきらりと一緒にいたいだけです」
 私は彼が強引にエレベーターホールで私にキスしてきたことを思い出していた。

 そんな彼が私の部屋に来て何もしないなんて、全く信用できない。
 今の関係性は居心地が良く、関係が進展することで彼の態度が変わるかもと私はどこかで疑っている。

「前科がある方の言うことは信用できません。それに、私が雄也さんを拒絶できる自信がないんです。だから、部屋に来るのは少し待ってください」

 私は彼に迫られた時にしっかり拒否できるか自信がなくなっていた。
 私が俯きながら言った言葉に彼の返しが全く返ってこない。
(私、もしかして失礼なこと言っちゃった?)

 気が付くと私は優しく抱きしめられていた。

「今日はこのまま帰ります。きらりのペースで良いです。少しずつでも僕のことを好きになってくれれば」

 雄也さんの優しい声がして、私は心が満たされていくのが分かった。

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