三十路アイドルはじめます
林太郎がカレーを食べる手を止めて立ち上がって、私の隣に屈んで顔を覗き込んでくる。

「じゃあ、きらりからキスしてくれたらお支払い完了にする」

 彼は私のことは好きじゃなくなったようなことを言っていたのに、なぜこんなことを言ってくるのだろう。
 彼の顔が美し過ぎて、形の良い唇が近くにあり心臓がおかしい程うるさい。

「そんなことできないよ⋯⋯」
「何だよ。気持ちいいって言ってたくせに」
 彼が昨日の私の失言を言及してきたので、私は恥ずかしくて固まってしまった。

「まあ、そんなのは『フルーティーズ』が売れて、弊社に利益をもたらしてくれれば十分だし気にするなよ」

「分かった。全力で頑張るよ! 林太郎、本当にありがとね」

 昨夜の件で、自分があまりに浅はかで無力だったかを悟った。
(本当に怖かった⋯⋯あんな思いを3人娘がするなんてありえない!)

 今は3人娘のためにも、林太郎の力を借りるのが最善だろう。

「それから、今日、倉橋カイトの喫煙とセクシー女優との同棲報道が出たから。しばらくは、きらりは俺の部屋に住んで! 部屋はさっきまで寝ていた部屋を使ってくれれば良いから」

「え? 昨日、引っ越して来たばかりなんだけど」

 倉橋カイトの報道が出たのは、黒田蜜柑の仕業だろうか。

 彼女は彼に復讐すると言っていた。

 傷つけられたら、やり返すくらいの気の強さがないと芸能界じゃやってけなそうだ。

 私は雄也さんや林太郎がいなければ、雅紀の裏切りも今回の件も泣き寝入りしていた。
(もっと、強くならないと⋯⋯3人娘は守れないわ)

「このマンションでこの部屋だけ、専用の出入口があるの。共用の出入り口から出ると、きらりまで倉橋カイトと噂になる」

「あんな若い子と噂なんてありえないよ」
 確かに芸能人はよく同じマンション内の別の部屋に住んで恋愛したりする。

 でも、私と倉橋カイトは干支が一周するレベルの年の差だ。

「倉橋カイトのお相手のセクシー女優はきらりより年上だよ」

「そんなお年を召した方のセクシーも世の中に需要があるの? 倉橋カイトは熟女好きだったってこと?」
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