三十路アイドルはじめます

34.今、俺に抱かれたくて仕方がないって顔してるの気づいてる?

 林太郎は無言で不機嫌のまま私を稽古場にまで送った。

(頼りになると思ったのに、今度は不機嫌で無言になるなんて子供みたい⋯⋯)

「林太郎! 送ってくれてありがとう」
 私がいうと彼はそっけなく頷いて、送迎車の後部座席でタブレットを見ていた。

(社長になったばかりだもん⋯⋯忙しいに決まってるよね)

 新しい稽古場に着くと、3人娘が私に抱きついてきた。

「梨子社長! なんかすごいことになりましたね。私たちみんな来年の武道館で卒業するみたいじゃないですか!」

 りんごが開口一番言った言葉の意味が理解できなかった。

 会社を作って『フルーティーズ』を独立させたかと思えば、1年足らずで卒業というか、解散させるというのが林太郎の考えのようだ。

「梨子社長って、梨子姉さんでいいよ」

「でも、林太郎兄さんが梨子姉さんのことは梨子社長とこれから呼ぶようにって!」
 3人娘が楽しそうに頷き合っている。

 彼女たちは頑張ってきたアイドル活動を終わらせられるというのに何が嬉しいのだろう。
 昨日彼女たちは林太郎と話したみたいだが、何を話せばこんな態度になるのか。

「梨子社長。カイコ・デ・オレイユがなぜ世界トップのパフォーマンス集団とみなされているかわかりますか? もっと難しいパフォーマンスをするサーカスはあるのに集客力では群を抜いています」

「何でだろう⋯⋯芸術性を追求してるから? 宣伝が上手いからかなあ?」

 苺が得意げに尋ねてくるのは彼女の夢であるカイコ・デ・オレイユの話だ。

「それもありますが、演目が期間限定だからです。毎年同じようなことをするサーカス団とは違い、今見なくてはいけないと客に思わせることができています」

 苺はだからこそ、『フルーティーズ』も期間限定にすると言っているのだろうか。

「苺のアマキングや葡萄のシャイニーマスカットはブランド戦略に成功してますよね。もっと安くて美味しい果物もあるのに、ブランド化した果物は非常に高値で売れる。私たちは『フルーティーズ』で個々のブランド力を上げて、その後出荷されるのです!」

 これでもかというくらい楽しそうに、得意げに桃香が語っている。

 彼女が言いたいことは、武道館までブランド力をアップして解散しようということだろう。

「とにかく、新曲の練習しよっか」
 私は3人娘が明らかに1日で林太郎に洗脳されていて、どうして良いかわからなくなった。
(まあ、いいのかな⋯⋯みんながやる気になれば)

 5時間くらい練習したら、何だか頭がクラクラしてきた。

「梨子社長大丈夫ですか? 梨子社長⋯⋯」
 3人娘の声が遠くに聞こえる。
 私はそのまま意識を失った。

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