三十路アイドルはじめます

36.顔を洗ったら今日やるべきことをやるから。

「心配って何? 私、雅紀に心配されるようなことは何もないけど。それより、何でここに私がいるって分かったの? 今度、私に付き纏ったら通報するから」

「『フルーティーズ』のメンバーの子かSNSに載せてたんだよ」
 私はSNSをやってないから分からないが、こんなに個人情報が漏れてしまうと知ると怖くなる。

「俺と別れたことで、きらりが自分を見失ってて怖いんだ。アイドルやるのもらしくないし、渋谷院長の次は大企業の社長と付き合うとかどうしちゃったんだよ」

「別に雄也さんとも林太郎とも付き合ってないし、アイドルは期間限定! もういい? 雅紀が私の1番の理解者みたいに振る舞うのは不愉快だわ」
 彼は私の考えていることは、何でもわかると良く言っていた。

 それならば、誕生日にプロポーズしてもらえると期待していた私の気持ちは分からなかったのか。

 分かっていた上で、他の女と結婚して私を愛人にするようなことを考えていたのだとしたら酷すぎる。

「きらり、俺たちが付き合いはじめた時のことを覚えてる? やりたくもない白雪姫役にされて、好きでもない男にキスされて影で泣いてたよね」

 私たちが付き合いはじめたきっかけの出来事を、突然語り出した雅紀に不快感が湧く。

 私は小人でもない7人の男と暮らした上に、王子様のキスで目覚める白雪姫役にクラスのみんなの推薦でなった。

 本当はネタみたいな脚本の姫なんてやりたくなかったし、文化祭はテストの直前でセリフの多い役も嫌だった。

 その上、王子役はクラスで目立つ存在だった徳永君だった。

 私は裏で面倒事を人に押し付ける狡い彼が苦手なのに、彼は私を好きなことを公表していた。

 その為、クラスの人間は勝手に私と徳永くんをくっつけることを目的に創作劇を作っていた。
 私は前日に彼から告白されて振っていたのに、劇の本番当日彼は寝ている演技をしている私に本当にキスをしてきたのだ。
(完全に嫌がらせだよね⋯⋯)

 盛り上がるみんなをよそに、私は好きでもない男にファーストキスを奪われた上に周囲の見せ物にされた事実に泣いていた。

 そこに真の王子のように雅紀現れて、私を慰め周囲と徳永くんを諌めてくれた。

 私はその時の彼が忘れられず、14年の時を彼に捧げてしまった。
 目立つようなことばかりしている男とは違って、裏方で頑張る彼を特別のように思っていた。

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