君と青空を泳ぐ
七章 君の舞台
お祭り騒ぎ状態の校内を進み、約束の体育館前へ向かった。一度スマホで前髪を確認してから、そこにいた人影に軽く肩をぶつける。

「おはよう翔くん!」

「おはよう雪葉」

朝日を受ける翔くんは相変わらずの美貌で、普段ならそのまま抱きついてしまいたかったけれど、流石に周りを気にして、今は控えておいた。

「雪葉行きたいとこある?」

翔くんが文化祭パンフレットを開きながら、顔を近づけてくる。

「んー、翔くんが行きたいとこいく!」

私の様子を見て、少し困ったように笑ったあと、私の手を引いて歩き出した。

「じゃあ、最初はここのお化け屋敷行こう」

「え、おばけやしき?」

「うん。バスケ部の友達のクラスだから行きたくてさ」

「そ、そっか、じゃあ行こう。へ、へへ」

本当は怖かったけれど、何とか平静を装って、翔くんの隣について歩く。目的地に着くと、ドキドキパニックと書かれた文字と、真っ暗な装飾が壁面を覆っていた。クラスの中にお化け屋敷の仕掛けが作られているらしい。その場にいた骸骨の格好をした生徒が、懐中電灯を手渡し、中へ入るよう促してくれた。

「ねえ、なんか怖くない?」

「そりゃお化け屋敷なんだから怖くないと」

「そうだけど……」

怖がる素振りもなく、ずかずかとお化け屋敷へ突入していく翔くんの制服を握って、後ろから着いていった。

暗がりを少し進んでいくと、不意にとんとんと背中を叩かれた。翔くんに呼ばれたのだと思い、そちらに振り向くと、大きな鎌を持って、血だらけになったお化けが、おもむろに佇んでいた。

「ふぎゃああああ」

思わず出てしまった下品な叫び声に、慌てて口元を押さえる。同時にガタガタと震える肩と足。その声を聞いた翔くんが、そっと私の肩に手を回して、自分に近づけた。その力に従って、私の体がぎゅっと翔くんにくっついた。

「離れちゃだめだよ」

「は、はい」

いきなりのことで、何故か敬語で返事をしてしまった。お化け屋敷の中だと、翔くんの存在に対する安心感がより一層感じられる。それに乗じて、目を瞑りながら、翔くんの腕に抱きついた状態で、ゴールまでの道を進んで行った。それでも途中で何度も、叫び声をあげてしまった。その度に翔くんが、私に添える手に力を込めてくれた。長い長い仕掛けを通り抜けたところで、ようやく外の明かりが見えて、全速力でそこに駆け込む。

「怖かった?」

お化け屋敷から出ると、翔くんが私の目を覗きながら問いかけてきた。私は少し見栄を張った答えをしてしまう。

「べ、別に怖くなかった」

「あ、嘘ついた。また悪魔になっちゃうよ?」

「そんなん!翔くん、私が怖いの苦手って知ってて誘ったでしょ!」

「吊り橋効果で俺のこと好きになってくれるかなってちょっと期待も込めて」

にこにこと翔くんが悪魔の笑顔を浮かべた。

「そんなんしなくてももう十分好きだから!」

お返しに、できるだけかわいくふくれっ面を見せつける。でも、翔くんの言うように、この胸の高鳴りが、どちらによるものなのかは自分でも判別出来ていない。あながち間違っては無いのかもしれないとも思う。

「たぶん雪葉脅かしてきたの俺の友達だと思う、死神の役やるって言ってたし。怖いお化けじゃないから大丈夫」

「なにも大丈夫じゃない!ちゃんと怖かったし。しかも絶対はしたない彼女だと思われたじゃん。翔くんの友達の前であんな驚き方したら」

「俺が自慢しまくってるせいで俺の友達みんな雪葉のことよく知ってるから、今更なんてことないよ」

「ちょっと翔くん!?」

嬉しいやら恥ずかしいやらで私が頭を抱えていると、何も気にしていない様子の翔くんが次の提案を出してきた。

「友達のお化け屋敷以外特に決まったとこもないし、ふらふらして色んなとこ入ってみるのどう?」
「わかった。そうしよ」

翔くんの案に賛同して一年生のフロアの方へと歩き出した。

めぼしい出し物を探すために廊下を渡っていると、目の前から大きなくまの着ぐるみが、看板を持って前から迫ってきた。それとすれ違うために、私たちは少し壁側に寄った。しかし、くまの着ぐるみは私たちを通り越すことなく、目の前で静止した。いきなり着ぐるみに肩をつつかれ、びくっと肩を震わせる。その後に着ぐるみの顔が外されて見知った顔が現れた。

「部長!」

中から登場したのは水泳部の後輩だった。

「えー!着ぐるみなんか着てどうしたの!びっくりしたじゃん」

「今クラスの出しものの宣伝してて。一年一組でやってるので、後で部長も来てくださいね。ていうか、もしかして隣にいるのが噂の腹筋バキバキで色気やばめな彼氏さんですか?」

「ちょ、ばか!それは言っちゃだめなやつ!」

「えへへ。つい口が滑っちゃって。じゃあ私は仕事があるのでこのくらいで。は、はははー」

そう言うと、後輩は苦笑いをしながら、再度着ぐるみ姿に戻ってどこかに走っていってしまった。

「逃げ足の速い後輩だこと。これは文化祭終わったらめちゃくちゃきつい練習メニューにしなくちゃ」

「うわー部長の鬼!」

いきなり私の方を向いて、後輩の声を真似る翔くん。

「あー!ばかにしてるなー!」

翔くんの一歩手前に詰め寄って、上目遣いで彼の顔を見つめた。

「そういうんじゃなくて!雪葉頑張ってるんだなって。俺の彼女普段こんな風に後輩に慕われてるんだって考えると嬉しい。一緒にいる時は雪葉いつも甘えんぼうでそんな感じしないからさ」

「そ、そっか」

翔くんがふざけたと思って、明るいテンションで返答したのに、急に褒められてしまうとどうにも弱い。

「てか俺のことそんなふうに思ってたんだ」

ぼそっとこぼして私の目を見つめてきた。

「ちが……わないけどちがう!」

「それに俺雪葉に腹筋見せたことないと思うけど」

「た、たいいくの時、見えちゃった。この前のバドミントンの授業で」

翔くんの顔を直視できなくて、反対側に顔を向けながら、小さな声で呟いた。

「へえ。雪葉も俺のこと周りに話してるんだ。俺のは前に岩田にばらされたからこれでおあいこ。せっかく誘ってもらったんだから、次は後輩のクラスに行かなきゃだよね?部長さん?」

「そ、そうだよ!私は部長だから後輩たちの勇姿を見届けないと」

恥ずかしさを消すために翔くんの前に立って、勇み足で、後輩のクラスの方へ進んでいく。一年一組と書かれた標識にたどり着くと、着ぐるみの頭だけを取り外した後輩が、こちらに手を振っていた。

「私とってもかわいい後輩なので部長のこと待ってました!見てください私たちのクラスでは謎解きをやってもらってるんです」

「謎解き?」

不思議に思って聞き返すと、後輩が紙を二枚持ってきた。

「あのお、かわいい後輩っていう部分、部長がつっこんでくれないと私、ただの自己肯定感限界突破してる人になっちゃうんですけど」

「まあかわいい後輩なのは間違いないから」

「そ、そうですか」

少し困ったように、一度咳払いをして仕切りなおしてから内容の説明をしてくれた。

「校内の壁にいくつか問題を貼ってあるので、それを解いて答えを出してください!正解を書いてこの紙を持ってきてくれたら景品をあげます」

後輩の話を理解して、激しく相槌を打った。

「わかった!私には天才彼氏の翔くんがいるんだから余裕だよ。すぐに時終わって戻ってきちゃうんだから」

「どうかなあ」

それに対して、翔くんが少し不安そうな顔をして、頬をかく。

「翔くんなら大丈夫だって!ほら行こ」

強引に翔くんの手を握って、後輩に一旦の別れを告げる。すると、後ろから甲高い声が響き渡った。

「そういえばもう一つ思い出したんですけど、部長この前、彼氏さんに抱っこされる夢見て死にそうだとかなんだとか言ってたので、気をつけてくださいねー。部長には生きててもらわないと困るんで」

「何言ってんの!もう!次の練習バタフライ三千メートルの刑だから!」

私は獲物を捉える猛獣の勢いで後輩の方に顔を向けて、苦し紛れの捨て台詞を吐き去った。後輩のクラスから逃げるように離れてから、少し経ったところで翔くんがぴたっと動きを止めた。

「あんまり恥ずかしいこと後輩に言うのはやめた方が……」

ぼそっと小言をもらす翔くん。

「あ、あの時は恋愛の話になって、その流れでたまたま前日に見た夢の話をしただけで。きもかったよね、ごめん……今の話聞いて引いた?」

「いやそういうんじゃなくて、その、俺が意識しちゃうから……」

真横で翔くんが顔を赤く染めて、手を口元に当てている。

思わぬ翔くんの反応に困ってしまって、何となく周囲を見回すと一年一組謎解きと書かれた紙がすぐ近くの壁に貼ってあった。真ん中には、問題と思われる文章やら記号やらが記載されている。

「あれ、これ、謎解きのやつ」

慌てて話しかけると、翔くんもそちらに顔を向けた。少し黙って考える素振りをして、人差し指を上に向けた。

「この図形を回転させて、こう!」

「うわあそれだ。さすが翔くん!」

恥ずかしがっていても、翔くんの賢さは健在だ。納得して、紙に答えを書き込もうとしたところで、ぐるるるとお腹が音を鳴らした。翔くんが様子を伺うように、こちらを見つめてくる。

「お腹すいた?」

少し恥ずかしくて、小さく頷いた。

「ちょうど良かった。俺もお腹すいてきたからご飯食べよ」

翔くんに連れられて、校舎の外に出た。外にあるピロティーには食べ物を提供しているクラスの模擬店が沢山並んでいるので、そこの前を見回していく。

「みて雪葉が好きそうなの」

いきなり翔くんがある方向を指をさして話しかけてきた。そちらに目を向けると、看板に大きくアニマルおにぎりと書かれていて、かわいらしい動物の形をしたおにぎりの写真が貼ってある。

「え、かわいい……」

私の様子を見た翔くんが、やっぱりと言って微笑んだ。

「じゃあ、俺すぐ買ってくるから、雪葉待ってて」

「ありがとう!あそこの花壇のとこで待ってるね」

ほとんど人がいない大きな円形の花壇を見つけて、そこの縁に腰掛ける。そのまま静かに翔くんの帰りを待っていた時だった。誰かにいきなり手首をつかまれて、身体がそちらに引っ張られる。

「やっと見つけた。今まで何してたんだよ」

そちらに目をやって、視界に入った顔に思わず名前を叫んだ。

「幸喜!」

私の高校の文化祭は、地域の人であれば誰でも参加できてしまうため、校内に入ることは容易だ。

私はぐっと足に力を入れて、幸喜に抵抗した。

「なんだよ。わざわざ来てやったってのに」

「やめて!」

叫びながら、思いっきり手を振り払った。

「おいおいどうしたんだよ」

私に拒絶されたことでプライドを傷つけられたのか、幸喜の顔が酷く歪んだ。幸喜はものすごい力で、もう一度私の腕を握って、引っ張った。

「一人でいたってことはどうせ友達も恋人もいないんだろ?」

「ちがう!」

幸喜の声を否定する声が、私の後方から聞こえてきた。そちらを振り向くと、走ってきたのか、息を切らしながら、私の後ろに立つ翔くんが居た。

「翔くん……」

幸喜に抵抗するように、後ろから思いっきり私を抱きとめてくれている。心臓がぎゅっと縮む。

「お前なんかに俺の雪葉は渡さない!」

幸喜がまた顔を歪めて、こちらを睨んだ。

「はあ?お前に雪葉の何が分かるんだよ。俺は中学の時から付き合ってんだぞ。どこの馬の骨かもわからんやつに取られてたまるか」

今度は翔くんが歯を食いしばって、怒りを露わにする。

「お前なんかより、俺の方が絶対に、雪葉のことを愛してる」

「俺の方が絶対に雪葉のこと好きだし幸せにできるんだ!だから、俺が選ばれないのはおかしい」

幸喜声に被せるようにして、翔くんが声を荒らげた。

「やり方が違う。好きを押し付けるだけじゃだめだ。本当に好きなら雪葉の気持ちを尊重しろよ!」
「じゃあ俺の気持ちは尊重されないって言うのかよ」

掠れた涙声で、すかさず幸喜が反論した。

「そうだ。少なくとも今のお前は雪葉にとっては敵でしかない。それでもこれを糧にして、自分が変われば、他に愛してくれる人が現れるかもしれない。どれだけ努力しても愛してもらえないかもしれない」

「どっちだよ!誰も愛してくれなかったくせに、また俺は除け者かよ。結局俺は誰にも愛して貰えないんだ。いいよなあお前は、そんなに背が高くてイケメンで。俺だってそれくらいのスペックがあったら、なんでもできたっての」

上を向きながら、唐突に涙を流し始める幸喜に向かって、翔くんがゆっくりと言葉をこぼす。

「世界は平等に出来てない。でも、それをどう乗り越えるかは自分次第だ。苦しくても、無理やりにでも、生きる意味を、自分で探さなきゃならない。例えそれがどれだけ不条理で、自分の意思に反していたとしてもだ」

これ以上、幸喜から帰ってくる言葉は何も無かった。少しして、翔くんが私の上半身を抱きしめていた腕を離して、手のひらをぎゅっと握る。
「もう、離れない」

そう言って幸喜に背を向けて二人で歩き出す。

「ごめん」

「どうして翔くんが謝るの?普段めちゃくちゃ優しいのに、私のためにあんなに怒ってくれるんだって思って。嬉しかった」

「俺があの場から離れなければ、雪葉に怖い思いさせることは無かったから」

「それは翔くんが私のためにおにぎり買いに行ってくれたんでしょ。そもそも一緒に買いに行かなかった私が……ところで翔くん、おにぎりは?」
「あ、その場に放り投げて来ちゃった。腕掴まれてる雪葉みてびっくりしちゃって」

「SNSで拡散されたら炎上だよ?」

冗談交じりに翔くんの愚行を咎める。

「俺にとっては他人の批判なんかよりも雪葉が大事だから。でも流石におにぎり放置はまずい」

慌てて元の場所に戻ると、道端に透明なフードパックが落ちていた。中には猫と犬の形をしたおにぎりが入っている。

「大丈夫全然食べれそう!」

私が言うと、翔くんがそれなら良かったと返事をした。

先程私が座っていたベンチに二人で座り直して、フードパックを開ける。もう幸喜の姿はどこにも見えなくなっていた。

「犬と猫どっち食べる?」

差し出された二つのおにぎりを凝視する。よく見ると、醤油や海苔などで模様付けがされている。

「翔くんっぽいほうがいいから猫食べる!いただきまーす」

「じゃあ俺は犬だね」

お腹がすいていたので、取ってすぐに猫の頭から口をつけた。ほっぺたがきゅっと締まって痛い。

「やっぱりご飯って誰かと食べる方が美味しいよね」

昔お母さんがよく言っていた言葉を思い出して言ってみる。それには翔くんも同意したようで、素直に首肯してくれた。

「そうだね。俺は死ぬまでずっと雪葉と一緒にご飯を食べたいと思ってるよ」


ご飯を食べ終わったあとも、変わらず翔くんにくっついて行動した。フォトスポットで二人だけの写真を撮ったり残りの謎解きを探したりした。

午後六時を回ったところで、アナウンスが入り、文化祭の一般公開の時間が終了した。この後は生徒と先生のみで後夜祭が行われる。それに準じて、私たちは昇降口へと向かった。

辺りは日が落ちて、校舎の明かりだけが後夜祭の様子を照らしていた。グランドの中心では、個人による有志発表が行われている。それを取り囲むように多数の生徒が各々の時間を過ごしていた。私も同じように翔くんと並んで、少し離れた花壇に腰掛けていた。

「私ね、将来の夢決めたんだ」

暗がりの中に、言葉を放り出す。遠目で有志発表を眺めていた翔くんがすっとこちらに振り向いた。お母さんとお父さんみたいにとやかくは言わなかったけれど、翔くんも私の進路については真摯に相談に乗ってくれていたから、早めに伝えておきたいと思った。

「舞台やりたいなって思って。特に今回の文化祭でみんなと演劇やってから」

「それならよかった。やりたいことが見つかったなら、ほんとに良かった……」

翔くんが自分のことのように喜んでくれるので、それが嬉しくて、きゅっと心が締め付けられる。これからの自分を応援してくれる人がいることがこんなにも心強いものなのだと、初めて実感した。

「あともちろん翔くんのお嫁さんもね」

新たな目標と同じくらい大切なもう一つの夢を付け加えた。

それを聞いた翔くんは少し眉を下げて困り顔をしながら、小さな声で言葉を継ぐ。

「もし俺がこの先雪葉の隣に居られなくなったとしても、もう雪葉は自分で自分を守っていけそうで安心した」

潰れてしまいそうなほど儚い笑顔を浮かべる翔くん。その言葉にどこか悲愴感を覚えて、必死にその答えを探した。

「翔くんはずっと私と一緒にいるんでしょ?」

「大丈夫。もしもの話だよ。こっから何があるかは誰にも分からないでしょ。でも、夢があれば、誰かがいなくても、自分の拠り所になる。もちろん、愛してくれる人がいればそれがいいけどね。人って不安定だから、つい無意識に他人のことも自分のことも傷つけちゃうんだ。だから、雪葉には自分と、自分の大切な人にちゃんと頼れるようになって欲しい。人の心を傷つけるのも、癒すのも人なんだって、思うから」

翔くんはたまに大人びたことを言う。なんて返事をすればいいのかは分からなかったけれど、きっとこれからの私に必要なことなのだと思って、こくりと頷いた。

「私たち、大人になっちゃうんだもんね。翔くんの言う通り、しっかりしなきゃ。もう、次の誕生日で十八になって、そっから急に大人だなんて変な感じ」

「無理に大人になんてならなくてもいいよ。雪葉自身は何も変わらないんだから。ゆっくり自分の道を進めばいいよ」

「んー、でも私は大人になりたい!自分で自分のことを決めて、自由に生きれるようになりたい。そしたらいつか翔くんに舞台を見に来てもらったり、新婚旅行に行ったりして。そう考えると大人になることって、怖いけど、怖いだけじゃない気がする」

「確かに。俺も雪葉と結婚できるようになるんだって思ったらちょっとわくわくしてきた」

翔くんが私との将来を口にしてくれると、嬉しくて、どんな未来でも、明るく見えてしまうから不思議だ。

「あ、見つけました!お二人でラブラブタイムですか?」

翔くんとの会話の間に、甲高い朗らかな声が割り込んできた。グラウンドの中心の方から、てけてけと後輩が歩いて来るのが見えた。素であんな可愛い歩き方ができることに感心してしまう。

「ラブラブタイムだよ」

後輩の質問に対して、間髪入れずに翔くんが答えるので、つい恥ずかしくて彼の制服を引っ張ってしまった。

「何言ってるの翔くん」

「へえー。部長の彼氏さんって面白い人なんですね。意外でした。てっきりもっとクールな方なのかと」

ちゃっかり私の隣に座った後輩が、飴玉を口に放り込みながら、翔くんの評価を口にした。

「そういえば謎解き解けましたか?」

「いや、最後の一問の場所がどうしても見つからなくて」

私が首を傾げながら言うと、後輩が納得したように、うんうんと頷いていた。

「そりゃそうですよね。最後の問題は私が持ってましたから。あの後一回も部長たちとすれ違ってないですし」

さらっとすごいことを言いのけた後輩に、ずいっと顔を近づける。

「そんなん誰も解けないじゃん!詐欺だ!」

冗談めかして後輩に突っかかると、ちょっと舌を出しながら、両手を合わせて謝罪のポーズをしてきた。たぶん謝る気はない。

「本当はあの後またすれ違ったら見せようと思ってたんです。実際謎解きの紙を持ってる他の生徒にはちゃんと問題見せましたし。三人くらい景品貰いに来ました」

「三人……いやほぼ詐欺!」

「えーそこまで言うなら今特別に問題を見せてあげます」

仕方なくといった様子で渡された紙を、翔くんと一緒になって凝視する。

「これって……」

紙に書かれた異様な謎解きに、思わず後輩の顔を見張った。

「正解分かりましたか?」

後輩が楽しそうに笑んでから、徐に口を開いた。

「私、後夜祭がすごく楽しみだったんです。だから、部長たちに期待してます」

「え?なにが……」

言いかけたところで、心美たちが私の元に駆け寄ってきて、私を急いで立ち上がらせようとした。慌てて謎解きの紙をスカートのポケットにしまう。

「こんなところに居た」

「もう出番だから早く行かんと」

「みんな楽しみにしてるんだから」

「え、な、なに!?」

意味もわからず手を引かれてそちらに向かって走る。

「ほら、お前もな」

「俺も?」

翔くんの方に目を向けると、私と同じように岩田くんを含めた数人の友達に、連れられていた。

「ほら!行ってきな、最後のクライマックスだよ」

「ふぇ!?」

瞬時、六つの手のひらが、私の背中にぴたっと貼り付けられた。途端、背中を押され、翔くんと一緒にグラウンドの中央へと飛び出す。

「次のエントリーは二年三組の藤崎翔くんと菊坂雪葉さん!二人はもう既に付き合っているらしいですが、この場を使って永遠の愛を誓うそうです」

誰がこんなお節介を焼いてくれたのか、司会の
弁舌によって恥ずかしい説明をされた後、みんなの視線がこちらに集まる。今まで後夜祭恒例の告白イベントをやっていたらしく、みんなが既に興奮気味だった。

翔くんが目の前に迫って、私と目線を合わせるように少し屈んだ。

「俺のファーストキス奪ったからお返し」

こそっと耳打ちして、軽々しく私を持ち上げた。急に足が地面から離れて、空中でぎゅっと抱き止められる。翔くんの脈拍が、吐息が、直に伝わってくる。みんなの前で抱っこされて恥ずかしくなった私は、翔くんの肩に顔を埋めた。

「俺は雪葉を一生愛すよ」

誰よりも美しい声で、翔くんが、永遠の愛を約束した。

「私も、ずっと愛してるよ、翔くん」

私の応えを聞いて巻き起こった激しい歓声が、グラウンド中を震撼させた。今の私の心は、かつての人生の中で一番、悪魔からかけ離れていると思った。

青春の舞台の傍らで、ポケットからひらりと一枚の紙が落ちる。それに気づいた後輩が、慌ててそれを拾い上げた。

『一年一組謎解き。問五 今のあなたの心、生きてますか? 』
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