君がいるから、私は青空を泳ぐ

「ぷはぁっ」

「21.6」

 水面から顔を上げると同時に告げられる。

「雪葉すごすぎ!練習でべスプラ2だって。」

「元々早すぎて私たちじゃ着いてけないのに。」

同じ水泳部員の友達が、口々に私を褒めていく。

「全国のタイム切らないと行けないからね。」

 息切れと倦怠感の中で応えるから、笑えているか心配になりながらプールサイドへと上がる。

「何秒切らないといけないんだっけ?」

「2分18秒19」

 これは現在の女子200メートルバタフライの全国大会への基準タイム。

これを今週の県大会で切らなければいけない。

私のベストタイムが19秒01だからかなりギリギリのラインなのだ。

「もし雪葉が全国行ったら全員で応援しにいくからね!!」

「千葉のエース雪葉って横断幕持ってく」
「恥ずかしいからやめて」

 三人で息を合わせて笑う。

「いけたらの話だけどね。」

「大丈夫だって!絶対雪葉ならいける!応援してるからね!」

 そう激励され、私は嬉しさとプレッシャーを感じつつ、また飛び込み台へと駆け上がる。

 知らないうちに太陽はオレンジ色に染まっていて、私よりも先に水面を泳いでいた。



「雪葉お疲れ様!」

「ありがとう!翔くんもおつかれ!」

翔くんと私はこうして毎日部活終わりに集合して一緒に帰っている。

 部活終わりの翔くんは特にかっこよくて、夕日を浴びる横顔が特に私のお気に入りだ。

「雪葉、手つなご。」

 学校を出る時のお決まりの言葉。

いつもは見せないけれど、翔くんは案外寂しがり屋さんなのかもしれないと考えてみるものの、早く手を繋ぎたくて、即座にかぶりを振る。

「やった!」

 大きく返事をする。

 これが、私の大好きな時間。暖かくて優しくて幸せで。ただただ噛み締める思いで指を絡め合う。

「毎回思うけど翔くんの手って意外とごつごつしてるよね。細くてすらっとしてるからちょっと意外。」

「バスケしてるからかな。」

「それ関係あるの?」

「ないかも」

「何それ!」

 光の下で響き渡る声は、さながら鳥の囀りのようで、変わらず今日も鳴いている。

「てかこの前の翔くんのバスケの試合ちょーかっこよかった!!スリーポイント決めた時とかもう私叫んじゃったもん。」

 何を返そうか迷って、ふと思い出した最近の恋人の自慢を告げてみる。

「聞こえてたよ!今の遠吠え雪葉かなーなんて思いながら聞いてた。」

「犬じゃないわ!」

「雪葉は絶対犬だって。いっつもくっついてくるし。」

「えーじゃあ翔くんは絶対ぜーーったい猫!時々塩だし、」

 不満げにそういうと、翔くんは笑いながらごめんと一言落として、代わりにと言わんばかりに告げる。

「今週末の雪葉の大会見に行くから!雪葉の遠吠えよりでかい声で叫ぶ。」

「恥ずかしいからやめて」

 二人で揃えた笑い声は、太陽の光と共に西の空に飲み込まれてしまう。

「翔くんが来てくれるなら私絶対頑張れる!いいとこ見せるから!ありがとね。」

「雪葉が頑張ってるとこ見たいしな。」

「んふふ。嬉しい!大好き!これからもずっと一緒だからね!」

「あたりまえ!!」

 幸せに包まれた二人の絡む手は、いつの間にか繋ぎ止めるように、強く強く握られていた。
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